名もなき空に、青い風が吹く

 ストンと言葉が胸に落ちる。落ちた言葉が、
胸を締めつけていた鎖を緩めてくれる。少し
だけ息が楽になったわたしは、小さく頷いた。

 「なんか、深いです。まるでお坊さんの説
法を聞いてるみたいで、ためになります」

 「坊さんほど偉くはないが、ためになった
ならなにより」

 ははは、と赤垣さんが声を上げる。日焼け
した肌に、白い歯がまぶしく見える。つられ
て笑みを零すと、わたしは花壇に目を向けた。

 空に向かって伸びていたガザニアが、花弁
を閉じ始めている。閉じかけの黄色い花びら
に、ふとあの日の面影が重なる。

 『花に水をあげ終わったらね』

 きゅっと蛇口を閉めて笑顔を向けたその人
は、もう同じ空の下にいない。どんなに会い
たくても、二度と会うことは出来ない。でも、
思い出はたくさんある。溢れるほどに、たく
さん。

 じんと胸の奥が疼いたけど苦しくはなかっ
た。ガザニアの花びらがすっかり閉じるまで、
わたしは中庭でおしゃべりをして過ごした。





 『バス停、長蛇の列なんだけど』

 先に待ち合わせ場所に着いた大翔からメッ
セージが届く。オレンジ色のつり革に掴まっ
ていたわたしは左手の親指を動かし、ささっ
と短い文章を送った。

 『みんな祭りに行くんだね』

 『いま鷲塚さん、来た』

 『了解。わたしもすぐ行く』

 既読が付いたのを確認して、たすき掛けに
しているサコッシュにスマホをしまう。車内
は五年に一度の奇祭に向かう人々で、混雑し
ている。都市近郊から郊外へ抜けるローカル
線に乗って、約一時間。車窓から見える風景
はビルが建ち並ぶ都会のそれから、すっかり
田園風景に移り変わっている。

 低い山を背景に田んぼや畑が広がっていて、
空がやたら広い。目を凝らせば田畑と民家の
間に狐火が見えそうで、わたしはワクワクし
ながら窓の向こうを眺めていた。

 あと五、六分かな。立ちっぱなしで重くな
ってきた足を意識して、つま先立ちしてみる。
うん、ふくらはぎが解れてる気がする。つり
革に掴まってかかとを浮かしたり、床に付け
たりしていたわたしは、次の瞬間、車内に響
いたアナウンスに、はっと目を見開いた。