本当はお母さんに切って欲しかった。いつ
もの店に予約を入れていたけれどそんなのは
簡単にキャンセルできるし、お小遣いだって
温存できるからだ。なによりお母さんはわた
しに似合う髪型を一番わかっている。そして
誰よりも、カットが上手い。
でも断ってしまった。わたしの口は気持ち
と逆の言葉を押し出してしまった。時間をか
けて出来た溝は、簡単に飛び越えられるほど
浅くないらしい。
いっくんがいなくなる前、どんな風にお母
さんと笑い合っていたか思い出せないくらい、
わたしの心はお母さんから遠ざかっていた。
伸びて目にかかりそうな前髪を指で摘まむ。
わたしは細く息を吐きながら独り言のように
言った。
「悲しみを乗り越えられないわたしが、変
なんですかね。死別の悲しみって、そんな簡
単に乗り越えられるものなのかな」
唐突に口にすると、赤垣さんがこちらを向
く。わたしは前を向いたまま続けた。
「実はわたし、大事な人を事故で亡くして
るんです。その悲しみをずっと引きずったま
ま、生きてるんです。でもそれっておかしい
ことなのかなって」
長い間抱えていた疑問をそっと投げかける。
わたしが抱えているものの大きさを知った赤
垣さんは、いつものようにふんわり受け止め
てくれた。
「おかしくないよ。悲しみは無理に乗り越
えるもんじゃない。抱えたままだって、ちゃ
んと生きて行ける」
心に穏やかな声が響く。赤垣さんは麦わら
帽子を手に取ると頭に乗せ、遠くを見つめた。
「胸に抱えた悲しみは、いつか自然に温も
りに変わる。時間がゆっくり悲しみを削ぎ落
したあと、その人の思い出だけが残るからだ。
だから無理して乗り越える必要はない」
「……赤垣さんも大事な人を亡くしたこと、
あるんですか?」
ふと言葉の重さに気付いて、問いかける。
「そりゃあるさ。増山さんよりだいぶ長く
生きてるからな」
麦わら帽子の先を人差し指で押し上げ、赤
垣さんはすっと目を細めた。
「人生は悲喜こもごもだ。悲しみが温もり
に変わることもあれば、出会いの喜びに思い
もよらない痛みが潜んでいることもある。ど
っちもあるから、いいんだ。どっちもある方
が、人生らしくていい」
もの店に予約を入れていたけれどそんなのは
簡単にキャンセルできるし、お小遣いだって
温存できるからだ。なによりお母さんはわた
しに似合う髪型を一番わかっている。そして
誰よりも、カットが上手い。
でも断ってしまった。わたしの口は気持ち
と逆の言葉を押し出してしまった。時間をか
けて出来た溝は、簡単に飛び越えられるほど
浅くないらしい。
いっくんがいなくなる前、どんな風にお母
さんと笑い合っていたか思い出せないくらい、
わたしの心はお母さんから遠ざかっていた。
伸びて目にかかりそうな前髪を指で摘まむ。
わたしは細く息を吐きながら独り言のように
言った。
「悲しみを乗り越えられないわたしが、変
なんですかね。死別の悲しみって、そんな簡
単に乗り越えられるものなのかな」
唐突に口にすると、赤垣さんがこちらを向
く。わたしは前を向いたまま続けた。
「実はわたし、大事な人を事故で亡くして
るんです。その悲しみをずっと引きずったま
ま、生きてるんです。でもそれっておかしい
ことなのかなって」
長い間抱えていた疑問をそっと投げかける。
わたしが抱えているものの大きさを知った赤
垣さんは、いつものようにふんわり受け止め
てくれた。
「おかしくないよ。悲しみは無理に乗り越
えるもんじゃない。抱えたままだって、ちゃ
んと生きて行ける」
心に穏やかな声が響く。赤垣さんは麦わら
帽子を手に取ると頭に乗せ、遠くを見つめた。
「胸に抱えた悲しみは、いつか自然に温も
りに変わる。時間がゆっくり悲しみを削ぎ落
したあと、その人の思い出だけが残るからだ。
だから無理して乗り越える必要はない」
「……赤垣さんも大事な人を亡くしたこと、
あるんですか?」
ふと言葉の重さに気付いて、問いかける。
「そりゃあるさ。増山さんよりだいぶ長く
生きてるからな」
麦わら帽子の先を人差し指で押し上げ、赤
垣さんはすっと目を細めた。
「人生は悲喜こもごもだ。悲しみが温もり
に変わることもあれば、出会いの喜びに思い
もよらない痛みが潜んでいることもある。ど
っちもあるから、いいんだ。どっちもある方
が、人生らしくていい」



