名もなき空に、青い風が吹く

 昇降口でローファーに足を通したわたしは、
校門ではなく中庭に足を向けた。

――キーン、コーン、カーン。

 生徒が疎らな校舎に、風を揺らすような音
が響き渡る。渡り廊下の横をすり抜け六角屋
根のガゼボに目を向けると、そこでひと休み
している赤垣さんの背中が見えた。

 やっぱり、いた。麦わら帽子をテーブルに
置き、ところどころ汚れた白いタオルで汗を
拭っている。その姿にほっとして歩み寄ると、
赤垣さんがこちらを向いた。

 「よっぽど、ここが好きなんだなぁ」

 揶揄うように言って、口端を上げる。

 「花が好きなんで」

 そう答えると、赤垣さんは笑いながら腰を
ずらした。どさっとカバンを下ろし、わたし
は隣に腰かける。鮮やかな花々が、夏の終わ
りを感じさせる夕空を仰いでいる。

 なにも言わずしばらく、ぼーっと花を眺め
ていると、赤垣さんが沈黙を破った。

 「またお家帰りたくない病か」

 呟くように言った赤垣さんに、わたしは息
をつく。

 「……帰りたくないってほどじゃないんで
すけどね、帰る前にここで自分を律したいな
ぁと思って」

 あはは、と苦笑いを浮かべたわたしに赤垣
さんが「ふむ」と鼻を鳴らす。なにもかもを
吐き出せない胸に、お母さんの傷付いた顔が
よみがえる。どうしてあの時「お願い」って、
言えなかったんだろう――。

 わたしは少し汗ばんだ手を、ぎゅっと握り
しめた。



 今朝、出がけにお母さんが声をかけて来た。
大翔と祭りに行くことを妹から聞いたお母さ
んは、エプロンで手を拭きながらこう聞いて
きたのだ。

 「週末、お祭りに行くんでしょう?髪、お
母さんが切り揃えてあげようか?」

 一瞬、どう答えるべきか迷った。迷ってい
るうちに「お願い」と言えなくなってしまっ
たわたしは、「大丈夫だから」とそっけなく
返してしまった。振り返った先にあったのは、
口を引き結んだお母さんの顔で。ああ、また
やっちゃったと思いつつ家を出たわたしの足
は、鉛のように重かった。