名もなき空に、青い風が吹く

 「いっくんは一瞬も迷わなかった。芦香の
ことしか考えてなかった。なのに、命懸けで
いっくんが守った芦香の隣に、俺がいられる
わけない。涼しい顔して抜け駆けできるわけ、
ない。そう思ってたから会いに行けなかった。
このまま、諦めるつもりだった」

 だけどわたしたちは再会した。同じ心の傷
に引き裂かれたわたしたちが、もう一度運命
に引き寄せられた。諦めるつもりだったのは、
大翔だけじゃない。わたしだって同じだから、
そのことで責めることなんか出来ない。

 「俺さ」

 少しだけ声のトーンが変わる。わたしは口
を引き結んだまま、じっと耳をそばだてた。

 「心のどこかで、いっくんに嫉妬してたの
かも。俺、父親いるけどいないみたいなもん
だったじゃん?だから叔父さんに大事にされ
てるいっくんが、うらやましかったんだよね。
風呂から出たあと、髪の一本一本まで大事に
乾かしてもらってるの見て、実はいじけてた。
なんでも持ってるんだから芦香くらいくれっ
て思って、マウント取った。『他人でよかっ
た』って。ホント、嫌になるくらいちっさい
よな」

 くすくす笑いながら、大翔が空を仰ぐ。
そんな顔して笑って欲しくなんかなくて、胸
がぎゅっと痛くなる。

 「小さくなんかないよ」

 消え入りそうな声で言って首を振る。大翔
に背負わせてしまったものの重さを知らず生
きてきたわたしに、選べる言葉はそれくらい
しかない。

 すると突然、大翔が息を吐いた。胸にたま
っていたものをぜんぶ吐き出すみたいに大き
く息を吐くと、くるっとわたしを向いた。

 「なんかここだけヤバイくらい空気湿っち
ゃったな」

 「確かに」

 いつもの顔でそう言った大翔に、わたしは
ようやく笑みを零す。遠かった喧騒がふいに
音量を取り戻して、きゃはは、という笑い声
が隣の教室から聴こえた。

 「さんざん重い告白しといてなんだけどさ、
俺、大丈夫だから」

 なにが大丈夫なのかわからなくて目を瞬く
と、大翔は手すりに頬杖をつく。

 「芦香を一人にするつもりないから、もう
大丈夫」

 思いがけない言葉に、じわっと、胸が熱く
なる。大翔の一語一句に翻弄されるわたしの
心は、忙し過ぎてはち切れそうだ。