名もなき空に、青い風が吹く

 「温かいうちに二人でベビーカステラ食べ
なよ。焼きたて食べられるように急いで戻っ
てきたの。わたし受付代わるからゆっくりし
ておいで」

 柔らかな笑みを浮かべ鷲塚さんが身を翻そ
うとする。わたしはいまがチャンスと思って、
咄嗟に彼女の手を掴んだ。

 「ここで会えてよかった。またあらためて
お茶でもしようよ。これも、なにかの縁だし」

 言いながら頭がフリーズする瞬間を、待つ。
目の前の光景が変わって、視界が暗くなって、
緊迫した空気が漂う、あの光景が視えるのを
待つ。でもなにも起こらなかった。少しだけ
戸惑ったようにわたしを見る鷲塚さんの顔が
目に映るだけで、期待していた運命の続きは
視えなかった。

 「うん、行こう。文化祭終わって落ち着い
たら連絡する」

 社交辞令かどうかわからないけど、鷲塚さ
んがわたしの手を握り返す。未来を覗くのに
必死で、どうやって話を引き延ばすか考えて
いなかったわたしは、去ってしまう温もりを
追いかけることが出来ず、黙って手を離した。

 なにか視えた?と大翔が視線だけで訊いて
くる。教室の隅にぽつんと置かれた机に向か
う背中を横目で見ながら、わたしは小さく首
を振る。この能力は万能じゃない。万能どこ
ろか自分の意思でコントロール出来ないから、
ほとんど役に立たない。そのことをもどかし
く思いながら、わたしはビニール袋を手にぶ
ら下げた大翔と展示会場を出て行った。

 教室の入り口ではなく、暗幕の向こうにあ
る窓を開けて併設してあるベランダに出ると、
眼下にはたくさんの白いテントが並んでいた。
コの字型の校舎は通路のようなベランダで
各教室を行き来出来るようになっていて、生
徒の姿が窓から窓へ消える。手すりを掴んで
グランドを見下ろせば、真ん中に設置された
野外ステージの脇にたくさんの楽器を持った
生徒たちが集まっている。もうすぐ風に乗っ
て、クラリネットやフルートやトランペット
の音色がここまで届くに違いない。

 途切れ途切れに聴こえてくる少し調子っぱ
ずれな音に、わたしは無意識に頬を緩めた。