名もなき空に、青い風が吹く

 「いつって……芦香の手をにぎった時って、
書いてあったじゃん」

 「そうなんだけど。わたし、覚えてないん
だよね。大翔とターザンロープから落ちた時、
いっくんが立たせてくれたのは覚えてるんだ
けど。その前に未来が視えてたってことだも
んね。いつだろう?」

 手をにぎるというシチュエーション自体が
少ないから、記憶に残りそうなものだけれど。
いつも一緒にい過ぎたからか、かえって思い
出せない。長い間ひとりで運命と戦っていた
と思うと、胸が苦しくなってしまうのだ。

 三つの未来を視たのが、そんな前じゃない
といいな。そんな風に思っていると、大翔が
「そういえばさ」と呟いた。

 「バスに乗った時、俺、突然、思い出した
んだよね」

 「なにを?」

 「『運転手の後ろが安全だ』っていっくん
が言ってたのを。それでなんとなく鷲塚さん
を、右側に座らせた。混雑してたから俺は座
れなかったけど……反対側に座ってたら二人
ともやばかったかも」

 サコッシュにぶらさがっているパズル型の
キーホルダーを、大翔が握りしめる。水色の
それには『I』の文字が刻まれている。

 「バスの事故に巻き込まれることまで視え
てなかったと思うよ。視えてれば、いっくん
は絶対教えてくれたと思う」

 「うん、わかってる。だから、思い出した
ってだけ」

 大翔とわたしの視線が絡み合う。わたしは
ニュースの映像を思い出し、口を引き結んだ。

 よそ見運転をしていたトラックが対向車線
にはみ出し、路線バスと衝突したあの事故は、
トラックの運転手も含め四人が犠牲になった。

 バスの左側が酷くひしゃげていたことを思
い出すと、大翔の言う通り、反対側に座って
いたら助からなかったかもしれない。

 視えてなかったとしても、いっくんの想い
が大翔を守ってくれたんだ。あの時、神社で
聞こえた声だって、きっと――。

 ツンと鼻先が痛んで大翔から視線を逸らす。
『みらい郵便』を受け取ってからというもの、
やたら涙もろくなってしまって、困る。下を
向いて洟を啜っていると、大翔がシャツの袖
を引っ張った。