お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

コーラン様は顎に手を当て、私を頭から足先までじろじろと見てくる。今度は不躾な視線だ。

まさか、本物のお嬢様ではないってバレたのかしら!?

背中にじわっと冷や汗をかきながら、黙ってその視線を受け止める。

怖い、どうしよう……。

すると、旦那様がその視線を遮るように私の前にスッと出た。

「何か?」
「あ……、いえ。以前、社交界でお見かけしたときよりも小柄な気がしたもので」
「あぁ、この日のためにダイエットをしたからでしょう。な、ジュアナ」

旦那様がすかさずそう言って私を見下ろす。
わずかだが、私はお嬢様よりわずかに背が低く体が細い。しかしそれは屋敷内の人でも良くわからない程度だ。そこを見抜くなんて……。
私はわずかな焦りを感じながらも、それを見せずに頷いた。

「はい」

私が返事をすると、「そうですか」とコーラン様も納得したようだ。

「お付きの侍女はいないのですか?」
「いえ、ジュアナが一人で行くと」
「そう……ですか」

コーラン様は少し驚いた顔をした。
大体親しい侍女を数人連れて行くのが慣例である。しかし、王子にたった一人で嫁ぐなんて聞いたことがない。ただこれはジュアナお嬢様の希望だった。

実家が恋しくなるから一人で行く。

何度説得しても、そう言い張っていたのである。正直、周囲の侍女は安堵していたのだが、きっとその時点で逃げることを考えていたのだろう。
どうせこの縁談は破棄になるから、侍女を用意しても意味がないと。そう思っていたに違いない。

「じゃぁ、元気でな。ジュアナ」

旦那様は作り笑顔で私にそう微笑んだ。後ろでずっと黙っていた奥様もぎこちなさそうに「元気で」と呟く。お嬢様の兄二人は少し離れたところから面倒くさそうに手を振っていた。

「旦……、お父様お母様。お元気で」

言葉少なくそう挨拶すると、私は意を決して馬車に乗り込んだ。

もうこれで後戻りはできない……。

動き出す馬車の中、私は一人震える手をそっと抑え込んだ。

「……ナ様、……ジュアナ様?」
「あ、はい!」

呼ばれていたことに気が付かず、慌てて顔を上げる。ジュアナと呼ばれることに慣れていない。だって私はエルマなんだもの。

「大丈夫でございますか?」
「え?」

コーラン様は眼鏡の奥の瞳を優しげに和らげた。旦那様よりは若いけれど、そこそこ中年といった歳だろう。知的な感じがする。王子の婚約者を迎えに行く使者になるくらいだ。王宮内でも役職があるのかもしれない。

「顔色がお悪いです。馬車に酔いましたか? 王宮まではまだ少しかかりますが……」
「あ、いいえ。大丈夫です。ただ少し、緊張していて……」

私の呟きに、コーラン様は心得たように頷いた。

「王子に嫁ぐんですから緊張はしますよね。あぁ、それとも例の噂を聞きましたか?」
「噂?」
「冷徹のっていう……」

コーラン様の苦笑に曖昧に微笑んだ。堂々と肯定するのも気が引ける。

「まぁ、冷徹かどうかはその目でご確認ください」
「はい……」

正直、王子が冷徹だろうが何だろうが今はどうでも良かった。
ただバレてはいけない、でもジュアナとしてやっていけるだろうか、どこかでぼろが出てしまわないだろうか。もしバレてしまったら、私はどうなるのだろう。王子に偽称したとして処刑されてしまうのだろうか。

そう考えて、さらに青ざめた。

旦那様の気迫に負けて、ジュアナとして生きていくことを了承したが、それは常に王子を偽り続けるということだ。
一国の王子、ひいては次期国王に対してとんでもないことをしでかそうとしている。

(そんなの……)

許されることではない。