お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

私の父は貴族御用達の高級レストランで働く料理長だった。母はそのレストランで掃除婦として働いていたらしい。
次第に2人は親しくなり、付き合いだして結婚をする。慎ましく穏やかに幸せに生きていこうと……。

そう誓いあった矢先の出来事だった。

ラニマール侯爵は父が働くレストランの常連客だった。この日も他の仲間と訪れて、高いお酒を浴びるように飲んでいたらしい。

何かムシャクシャすることでもあったのだろうか。その日、ラニマール侯爵と仲間は父の料理にケチを付け始めた。

ハッキリ言って料理に落ち度は何もない。だだのイチャモンである。しかし、場を収めるために、父はラニマール侯爵らに謝罪へ行ったという。

理不尽に怒鳴られなじられた父は、それでもグッと我慢をした。相手は貴族だ。口答えなどできない。
だがしかし……、帰り際に父を待っていた母をラニマール侯爵が見つけたのだ。そしてあろうことか、言い寄り手を出そうとしたのである。
たぶん、父の妻だと分かったうえでの嫌がらせだ。身分的にも、父も母も身分の高いラニマール侯爵に刃向かえないと知ってて……。

嫌がる母にしつこく言いより、ラニマール侯爵は最終的には手を出そうとしたらしい。

それを見た父がついに激怒。

ラニマール侯爵に歯向かい突き飛ばしたことで、ラニマール侯爵が転倒。怪我は大したことはないが、平民が貴族に手を出すのはもってのほかだ。
当然、ラニマール侯爵は腹を立て、父をそのレストランで働けないようにしてしまう。

解雇だけですんだのだから良い方だ。結果、父は街の食堂で細々と料理人をすることになった。

しかし、ラニマール侯爵は一度目をつけた母を諦めたりしなかった。
いや、歯向かい恥をかかせた父への嫌がらせでもあったのか……。それとも若く母が美しかったからか。

最終的にはラニマール侯爵は、母を待ち伏せし、嫌がる母に無理やり手を出して私を妊娠させたのである。

「それって……」

私は青くなる。

「相手は貴族だ。誰もラニマールに罪を突きつける事は出来なかった」

あぁ……。

私は震える手をギュッと握った。新婚だった母は、父以外の男に妊娠させられてどれほど絶望だっただろう。同じ女性として、母の恐怖を想像すると堪らない気持ちになる。

「こんな酷いこと……」

侯爵のことを思い出し、吐きそうな気持ちをぐっと抑える。
なんて非道なことを……。

「エルマ、君を妊娠した時、君のお母さんはお父さんの元から居なくなろうとしたようだ。でも、それを君のお父さんが止めたらしい」
「お父さんが……?」

ユアン王子はユックリと頷く。

「お腹の父親は自分ではなくても、その子は君の子だって。俺は君を愛しているからお腹の子供も愛している。その子供に罪はない。2人で育てよう……と」
「お父さんがそんな事を……?」
「昔の同僚や親しかった人たちからの証言だ」

そして、母は父に支えられながら私を産むことを決めたらしい。

父は私を可愛がってくれた。自分の子ではないとわかっていたのに……。父は私を愛してくれていたの?


「お父さん……」
「それなりに覚悟はあったんだろう。愛情深い人だったんだな」
「はい……」

父の記憶はほとんどない。でもぼんやりと覚えている、穏やかな瞳。優しくて温かな人だったことは覚えている。
ニコニコと笑顔で優しかった。大切にされたと思う。

お父さん……。

そんな父は私が3歳の頃に事故で亡くなった。
幼い私を抱えて路頭に迷った母は、仕方なくラニマール侯爵を頼る決意をしたらしい。

ラニマール侯爵は使用人として母を迎えた。
私が自分の娘だと気がついてはいただろう。しかし、認めはせず、使用人の娘として扱い、ジュアナの侍女にしたのだ。

私に対しての情すらない。