そこにはお嬢様の字が書かれていた。
『冷徹の王子と呼ばれるような人のところへは絶対に嫁ぎたくない。家に出入りしていた異国の商人と遠い地へ駆け落ちをするから探さないでほしい。私は自由になるの。さようなら』
まるで悲劇のヒロインかのような文面に目眩がした。
「こ、これはどういう……」
血の気が引いていく。
駆け落ちってどういうこと? つまり、もうお嬢様はここにはいないということ?
少しずつ状況を理解しだして、手紙を持つ手が震える。
「冷徹の王子だろうがなんだろうが、とにかく王族に嫁げるのだから少しは我慢すればいいものをっ!」
旦那様は忌々しそうに吐き捨てた。
冷徹の王子様……。
お嬢様の嫁ぎ先であり、この国の王子は通称、冷徹の王子と呼ばれている。
いつからそう呼ばれているのか定かではないが、先の戦争でも、最年少でありながら侵略してくる他国へ無情な戦略で戦ったと噂されていた。
さらに、現在の王は体を壊し気味で、実質、実権は王子が握っていると言われている。王宮内でもその冷徹ぶりは凄いのだとか……。
その冷徹さ、感情のなさで、大臣や使用人らが恐れおののいているという噂だ。
その通称、冷酷の王子は当然国民からも恐れられていた。王子の機嫌を損ねたら、国が崩壊するのではないか。そう思わせるほど、冷たく無情な性格なのだという。
嫁ぎたくなかった気持ちはわかる……。
お嬢様はその王子に嫁ぐと決まった日、一日中泣いて暮らしていた。癇癪を起こし、物に、使用人に八つ当たりして過ごしていた。
この結婚はもちろん、ジュアナお嬢様の希望ではない。
旦那様のごり押しで決まったような結婚だった。
でも、癇癪も八つ当たりも1週間程で収まったし、もうてっきり腹はくくったものだと思っていたのに……。
誰もがまさか逃げるなんて、そんな大胆なことをするとは思いもしなかっただろう。
「異国の商人なんて得体のしれないやつと駆け落ちするなんて……。しかもこんな使用人を身代わりにしてまで!」
奥様が私を睨みつけ、そう叫ぶとさめざめと泣きだした。
こんな……か。
奥様はお嬢様同様、私に良い感情を持ってはいない。いつも私だけ「そこの使用人」と、決して名前で呼ぼうとはしなかったのだ。
ただの使用人が、自分の可愛い娘と背格好が似ているのが気に食わないのだろう。
「あいつには異国が魅力的に映ったのかもしれないな」
「何もわかっていないだけだよ。いつか泣いて帰ってくる」
二人の兄は口々にそう話す。口ぶりからしてもう諦めた感じだ。
「しかし、王宮からの使者は間もなく到着する。いつかは帰ってくるかもしれないが、そのいつかを待ってもらえるほど王子は生易しい方ではない。だが、ジュアナがいないと言うわけにはいかない……」
旦那様は唇が切れるのではと思うほどに噛んで考えていた。そして、嫌そうに大きくため息をついた。
「こうなったら仕方ないな……」
旦那様は私を見下ろした。
まさか……。



