お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

俺の手にエルマの涙がこぼれ落ちた。

「え……」

合わせていた唇を離し、顔を覗き込むと悲しそうな顔で目に涙を浮かべている。

至福の瞬間は一時。まさかエルマが泣くなんて……。そんなに俺とのキスが嫌だったのだろうか。

ショックで言葉を失うと、エルマはハッとした顔をしてすぐに激しく首を横に振った。

「違います! この涙はユアン王子とのキスが嫌とかそう言うことではなくて……! 私は……、私は……」

どう言葉にしたらいいのかわからないとでもいう風に、エルマは戸惑うような困った顔を見せた。

嫌でなかったらなんだというのだろう。
俺は朝から……、いやなんなら昨日、ここへ来ることを決めた時からずっと素直になろうと決めていた。城から解放された今がチャンスだと。

エルマを甘やかし、優しくしたい。

さっき話したことは全て本音だ。エルマに優しくすればするほどエルマが戸惑っているのを感じる。
だから今、俺が少しでも変わることでエルマが受け入れられやすく、そしてエルマが俺の特別だという認識を周囲に持たせたかったのだ。

だから、俺の話をした。

エルマもわかって受け入れてくれたものだと……。でもどうして泣くのだ?

「嫌でないならどうして泣く? 何かあったのか?」

もしかして先ほどの夕飯時に使用人に何か吹き込まれたか? 

そんな思いがよぎるが、それは違うようだ。
あぁ、そうか……。

「……お前は俺など好きではなかったんだな。すまない、勝手なことをした」

一方的にしてしまったことを後悔した。

よくよく考えれば、エルマが俺を好きだとは言っていない。むしろ、最近まで冷徹の王子と結婚させられる可哀そうな婚約者だった。エルマ自信、無理やり身代わりにされ結婚させられるのだ。到底、受け入れられるはずがない。

エルマが側にいることで、浮かれていた自分を恥じた。エルマの気持ちをわかろうとしていなかったのだ。

しかし、エルマは激しく首を横に振る。

「違うんです。ユアン王子からのご厚意はとても嬉しかったです。私を思ってくださっていることが良く伝わって、とても嬉しいんです。でも……」

それ以上話そうとすると、エルマはグッと息を飲み言葉を詰まらす。サッと顔色が変わり、言いたいのに言えない、言葉にしたら恐ろしい。そんな雰囲気になる。

「私は……、ユアン王子に愛される資格などありません」
「どうして? 俺は本当にお前を……」

エルマを……そう言おうとしたが、先にエルマが立ち上がる。その顔は何かを決意していた。

「この部屋にはそのお話をしに来たのですか?」
「あ、あぁ……。あとはお前に会いに……」
「では、あちらへ行きますか?」

エルマはどこか覚悟を決めたかのように寝室を指さす。

あちらって……。

思わずゴクリと喉が鳴った。
俺だって、エルマのいう意味が分からないほど子供ではない。本来ならすごく嬉しいお誘いだ。飛びつきたいほどに。
だがしかし……、今のこの状況でエルマは俺を受け入れられるのだろうか?

そもそも、こんな雰囲気でエルマを抱いたところで俺は満足するのか? 心を手に入れていないのに。
……そんなの空しいだけだろう。俺はエルマに愛されてから全てを手に入れたい。

「いや、今日は止めておくよ」

俺の言葉にエルマはあからさまにホッとした顔を見せた。

そんなに嫌だったか? と胸の奥がズキンと痛む。

このままここに居ても気まずくなる一方だ。今日は戻ろう。

「遅くに悪かった。……今日のことは忘れてくれ」

忘れられるはずがない。でも、今の俺にはそう言うしかできなかった。エルマは俯いたまま顔を上げない。
その小さな体で何を思っているのだろう。抱きしめてその思いを共有し合えたらどんなにいいか……。

「おやすみ」
「おやすみなさいませ」

そう声を掛け合いながら、俺はエルマの部屋から出て行った。