お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

「どうぞ」

とても香りのよい紅茶がテーブルの上に出された。
じっと見つめられながら、そっとカップを手に取って口に運んだ。

「いただきます。わ、美味しい!」

余りの美味しさに目を丸くする。高級な茶葉を使っているのはわかるが、以前コーラン様に入れてもらったものよりも断然香りも良く味も深くて美味しいのだ。

凄い、こんなに美味しく入れられるなんて……。

思わず感動していると、隣に座ったユアン王子がフッと笑みをこぼした。

「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」
「だってとっても美味しいんですもの! どうやったらこんなに美味しく入れられるんですか? 茶葉に秘密が? それとも入れ方?」

元使用人としての性か、つい興奮してそう問いかけるとユアン王子は笑顔を浮かべて私を見ていた。
しまった……! 恥ずかしくなって顔を背けると、益々笑われた気がした。

「申し訳ありません。あまりにも美味しくてつい……」
「いや、そんなに美味しいと言われるなんて嬉しいよ。今度秘訣を教えよう」

そう言うと、一緒に出されたクッキーを一つ摘まみ、私の口に押し付けた。反射で口を開けると甘くてサクサクの触感が紅茶の後味が残った口内によく合う。

しかし、今のは、俗にいう「あーん」ではないか!?

真っ赤になる私に満足そうなユアン王子。

いや、ちょっと待って! なにこれ!? 本当にこの人はユアン王子なの!? 別人過ぎて頭が追い付かないっ!!

少し前までまで怖いと感じていたあの瞳はない。こんなに穏やかで甘い目を向けれれるなんて思いもしていなかった。

もう一枚と言わんばかりに再び私の口にクッキーを押し当てる。反射で口を開けると、ユアン王子の指がそっと私の唇に触れた。そしてその指をペロッと舐める。その仕草がとても色っぽい。

「っ……」

声にならない恥ずかしさで思わず俯くと小さな笑い声が聞こえた。きっと耳まで真っ赤だ。

どうして急に……? ユアン王子に一体何があったのだろう。ただ私を揶揄って楽しんでいるだけなのだろうか。
なんでこんなに甘い仕草で私に触れるのだろうか。

私は勇気を出して恐る恐る聞いてみた。

「ユアン王子」
「なんだ?」
「あの、今日はどうされたのですか? その……いつもと違うと言いますか……」

濁す言い方をしたが、ユアン王子は不快になった様子はなく小さく首を傾げた。

「冷徹の王子のままの方がいいか?」
「いえ! 決してそんなことは……!」
「ならいいではないか。俺だって婚約者の前では冷徹ではいたくない」

そうかもしれないが……。もしかしたらこれがユアン王子の素なのだろうか。いつもは冷徹の王子の仮面をかぶっている?

「これから夫婦になるんだ。別にこれくらいはなんてことないだろう」

低く囁くような甘い声は私の耳を刺激してくる。
ゆっくりと体を寄せてくるユアン王子に、私は視線と体が後ろに下がった。だってこのままだと……。

「ユ、ユアン王子……」
「なんだ?」

そう言いながら大きな手が私の頬に触れた。温かくて優しくて包み込まれそうな手。冷徹の王子の異名からは想像できないほど人間らしい手だ。

頬を包む手とは反対の手が私のトークハットのレースをそっと持ち上げる。拒否する間もなく、私を覗き込む綺麗な瞳と目が合った。

吸い込まれそう……。

「……」

ユアン王子が口の中で小さく何かを呟いた。

え……?

聞き返そうとした時。
壁を軽く叩く音と小さな咳払いが聞こえ、ハッとした私たちは体を離す。振り返ると入口にコーラン様が気まずそうに立っていた。

「何度も何度も何度もお部屋の扉は叩いたんですけどね。お返事がなかったので、失礼とは思いましたが入らせていただきました」

入ること自体がはばかられ扉の外で粘ったのだろう……、コーラン様は「何度も」を強調してくる。

扉の音なんて全く気が付かなかった……。

見られたことが恥ずかしくて顔を赤くしながら俯く。ユアン王子は不快そうに小さく舌打ちをすると、「なんだ、コーラン」といつものあの冷たい冷めた声で返事をした。

冷徹のというより子供のようなすねた感じだ。そんな意外な姿にも目を丸くする。

「せっかくのお時間ですが、一つだけ気になることが報告されました。少しよろしいですか?」

急を要するという雰囲気ではないが、耳には入れておきたいと言ったところだろう。

ユアン王子は小さく息を吐くと、微笑みながら私の頬を軽く撫でて部屋を出て行った。