お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

そんな微妙な不安と緊張感のまま、私は翌朝を迎えた。
リリーさんに手伝ってもらって支度は完璧だ。

「いいですか? 入浴後はこのクリームを塗って体をすべすべになさってくださいね。かさついた初夜など嫌でございましょう?」
「しょ、初夜って……! 違うから!」

何度違うと伝えても、この優秀な侍女は先を見越して入念な準備をかかさない。
一泊分の荷物を持ったリリーさんは私のお付きとして同行するが、いくら私を強制的に婚約させられたと哀れに感じていても、この城に仕える身としてはそこは手を抜けないのだろう。

わかる! その気持ちは私としてもよくわかる。だがしかし……!

さすがにスケスケのネグリジェを荷物に入れていた時は必死に止めた。コーラン様からそんなつもりの旅行ではないと言われているのに、私だけやる気満々だなんて恥ずかしすぎる。

それに、そう言う事態になったら私は命がないのだから極力その状態にならないよう、ユアン王子とは距離を取らねばならないのだ。

「日差しがあるので、今日のトークハットは長めのレースにいたしましょう」

最近では私が外へ出るときは必然と顔が隠れるレース付きのトークハットを用意してくれる。
外に出る時や人と会う時はトークハットを被りたいと言う私に、初めは不思議な顔をされた。しかし、結婚前なので極力顔は隠しておきたいと伝えたら理解してくれたのだ。

これで顔が隠れるから護衛達にもジュアナではないとバレにくいだろう。

荷物を持ったリリーさんと共に外へ出ると、すでに馬車が用意され、護衛やお付きの人たちも並んで待っていてくれた。
ユアン王子が公務へ出かける時を見かけたことがあるが、もっと仰々しく護衛もお付きの人も多かった。それに比べると、その人数は比較的少数で私的な物だとわかる。警護は劣らないが、少数精鋭という感じがするのだ。

リリーさんらお付きは別の馬車になるので、私はリリーさんと別れて促された一番大きな馬車へと乗り込んだ。
すると……。

「大丈夫か」

先に中にいたユアン王子が乗り込む私に手を差し伸べる。

「あ……はい」

一瞬躊躇したが、その手を取らないのは不敬だろう。そっとユアン王子の手に手を重ねた。すると、思った以上に力強い手で引き揚げられ、小さく悲鳴が漏れる。

「すまない、痛かったか?」
「いいえ。少しびっくりしただけなので」
「そうか」

申し訳なさそうな表情をしたユアン王子はすぐにホッとした顔つきになった。

……なんだか今日のユアン王子はいつもと違うわ。

服装が動きやすいラフな服装ということもあるが、表情や目つきが今までとは違う。外を見る目は鋭いが、私に視線を向けると途端に柔らかくなるの。

視線が……。この人は一体誰?

替え玉ではないだろうかと思わず疑いたくなるほど様子が違う。コーラン様がここに居たら視線で訴えたが、残念ながらこの馬車にはユアン王子と私の二人きりだ。

そう、気まずい空間である。

さらにユアン王子の態度の違いにさらに気まずさ、戸惑いが追加される。
どうしたものかと困り果て、視線を窓の外へと移した。景色は都会的な物から次第にのどかな物へと変貌していく。ほっこりした光景に心を落ち着かせていると低い甘い声がした。

「今日はいい天気だな。日差しはきつくないか?」

ユアン王子の問いかけにハッと顔を向けると、やはり穏やかな目でこちらを見る王子と目が合った。

「え、えぇ。レースで日よけしているので大丈夫です」
「エ……ジュアナはトークハットをよく被っているが好きなのか?」
「そうですね。それに、最近は日差しが強いのでちょうど良いのです」
「そうか」

この答えはいつ聞かれても良いように自分の中で決めていた返答だ。やはり王子は特に疑問に思わずあっさり頷いた。
しかし、ランチの時以上に落ち着いた会話ができている気がする。王子の声が柔らかいのだ。

仕事が休みで、久しぶりにゆっくりできるからかしら?

冷徹の王子でも休日は浮かれるのだろうか。それが私への態度に現れているのだろうか。そんなことを考えていた。

しかし……。