そうして、私は一睡もできないまま朝を迎えた。
使用人へ割り当てられたこの小さくて狭い部屋には、今日のために仕立てられたお嬢様のドレスとアクセサリー、トークハットなどが押し込まれている。
お嬢様になり済ますために、昨日私がこっそり部屋へ持ち帰ったのだ。時間になったらそれを着て玄関前で待つよう言われていた。
「こんなこと……、旦那様に大目玉を食らうわ……」
後から出てきたジュアナお嬢様を見送った後、私はどうなる? きっと旦那様に強く叱責されるだろう。
大目玉では済まされない……。もしかしたら使用人の仕事もクビになって、屋敷を追い出されてしまうかもしれない。
そうしたらどうなる?
母に連れられてこの屋敷の使用人として働いた10年。たった17歳の娘が外に放りだされて何が出来るのだろう。
住むところも仕事も見つからなければ路頭に迷う。深いため息が口からもれた。
嫌だと言えたらどんなにいいか……。
しかしジュアナお嬢様には逆らえなかった。ずっとジュアナお嬢様の遊び相手として、侍女として仕えてきた私には旦那様よりもジュアナお嬢様の方が身近だ。
そのお嬢様に言いつけられたことは、必ず守らなければならないと思っている。使用人の性なのか。それとも、長年の刷り込みなのか。
「追い出されてもいいように、荷物をまとめておかなきゃね……」
ため息をつきながら身の回りの物をバックへと詰めた。
きっとこれは、ジュアナお嬢様からの最後の嫌がらせなのかもしれない。
なにかとキツク当たられることが多かった私は、お嬢様に好かれていなかったのだと感じている。見下し、バカにされることはよくあったし、お嬢様の悪戯を被って叱責されているのを笑われながら見られていたこともあった。
今回のことも可愛いいたずらで済むはずがない。
お嬢様は最後に私に絶望を感じさせるためにこんなことを思いついたのだ。
「お母さん、ごめんなさい……」
私は母の形見である小さな箱を開けた。
中には小ぶりなダイヤが付いた指輪。亡き父からの贈り物だという。それを大切に指につけると、ジュアナお嬢様から渡されたドレスに身を包む。
淡いクリーム色の丁寧な刺繍が施された豪華なドレスだ。王宮お抱えのデザイナーが、わざわざお嬢様のために手掛けた物。そんな貴重な物を私が先に袖を通している。それだけでも重罪だ。
こんな素敵なドレスを、このような形で着ることになるなんてね……。
自嘲の笑みがこぼれる。
さらに、髪を結わいて頭にトークハットと呼ばれる小さな帽子をかぶる。ドレスと同じクリーム色にピンクの大きな花が飾られていた。帽子の前部分には短いレースが垂れており、被ると顔半分が隠れる。
俯いていれば、パッと見はジュアナお嬢様に見えなくもない。
もし、私がこのままなにもしなかったら?
ジュアナお嬢様は私を許さないだろう。
幼い頃に入れ替わりを拒否したら酷く折檻されて2日も食事を抜かれた。嫁ぐとはいえ、ジュアナお嬢様はあの頃ときっと同じように何かしらの罰を与えるだろう。
大人になった今、あの頃よりも酷いことが待っているのは目に見えている。
どの道クビにされるのだ。まだ旦那様からの叱責の方がいい。
私は大きく深呼吸をして最後に部屋を見渡した。もうここで明日を迎えることはないだろう。
ごめんなさい、お母さん。
私はもう一度、心の中で母に謝った。
「よし!」
泣きそうな顔を軽く叩いて気合を入れ、私は覚悟を決めて外へ出た。



