お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

ユアン王子は少し気恥ずかしそうに頬をかくと、「行くぞ」と促して先を歩きだした。チラッとコーラン様を見ると、笑みを浮かべながら私に軽く頷く。

先ほどとは違い、胸が温かい状態のまま三人で国王陛下の居室へと向かった。
国王陛下は体調を崩されていると聞いていた。

そんな状態の時にご挨拶に伺って大丈夫なのかしら……。

ユアン王子が国王の代理を務めているのは、国民でも承知のことだ。噂だと陛下はあまり状態がよろしくないとか。
儀式的な物とはいえ、居室にまで伺って挨拶しても良いのか不安はあった。かといって、いつまでも挨拶なしというのも良くはないが……。

塔に入ると手厚い衛兵らの警護があり、重厚感や圧迫感を感じてしまう。緊張が高まる中、ついに国王の居室へ到着した。
国王の居室の前では、側近と思われる年配の男性が私たちを待っていた。

「お待ちしておりました、ユアン王子殿下、ジュアナ様」

男性は恭しく挨拶をすると、私に向き直り「バーガス」と名乗った。私も挨拶を返すが、バーガス様はにこりともせず無表情で感情が読めない。

「陛下がお待ちです」

そう一言言うと、部屋の扉を叩いて中に声をかけた。中からくぐむった声が聞こえる。扉が開かれると強い香水のような異国の香炉のような香りがした。
そっとユアン王子を見上げると、香りをかいで益々眉間の皴が濃くなる。

部屋の中はシンプルで、奥のベッドで国王陛下が侍女らに支えられながらゆっくりと体を起こすのが見えた。

「来たか」

低くかすれた声は覇気がない。遠目からでもわかるやせ細った体だ。

体調が思わしくはないとは聞いていたけれど、まさかここまでとは……。

想像以上の弱りぶりに小さく息を飲む。部屋の入口でユアン王子が動こうとしないため、私もそれ以上は中には入らず国王陛下とは距離を保ったままだ。

「お前がジュアナか。もっとこっちへ」

震える手で手招きをされるので、ついユアン王子を向上げる。眉間にしわを寄せたまま頷かれたので、おずおずと部屋の真ん中まで近寄った。
そしてドレスの裾を持ち、緊張しながらもゆっくりと礼を取る。

「ジュアナと申します。お目にかかれて光栄でございます」
「うむ」

私の挨拶に頷くと、国王陛下は咳き込んだ。側にいた侍女たちが背中をさすったりお茶を差し出したりしている。

「私からお前に言うことはひとつだ」

咳が落ち着くと、やや辛そうに国王は声を出す。しかし、顔を上げたその瞳には強い意志が宿っていた。

「世継ぎは必ず産め。それは男でならなくてはいけない」
「世……継ぎ……」

唐突な話に面食らう。しかし、国王陛下はいたって真面目な様子だ。
私を真っすぐ見つめてくる目は、どこかしらかユアン王子と似ている。しかし、その瞳は病気とは思えないくらい力強く、圧倒させるものがあった。その瞳と、出てきた発言に思わず怯む。

急に世継ぎだなんて……。しかも男? そんなことを言われても……。

結婚生活の事なんてまだ何も考えられていなかった。いや、想像すらしていない。それを急に子供の話をされても戸惑うだけだ。

「父上。急にそんな話をされても、ジュアナが困っています」
「急ではない。王子妃になるなら、それは当然のことだ。ユアン、もしこの娘が男を産めなかったら側室を持ってそいつに産んでもらえ」

至極当然なことの様に言い放つ。ユアン王子は面倒くさそうにため息をついた。

「俺は側室などいらない。子供は別に男でも女でも構わない」
「そうはいかない。お前は国王となる身だ。国の未来を一番に考えねばならない」
「ろくにそれが出来なかった奴が言うセリフかよ」

ユアン王子は国王陛下の言葉に、呟くようにそう吐き捨てた。

「今後のことは何も心配いりません。あなたはご自分の体だけを心配していればいいんです」

冷徹な瞳で突き放った言い方をして、ユアン王子は私の腕を取ると出口の方へと向かった。

「ユアン王子っ」

グイグイと引っ張られ、転ばないよう必死についていく。すると、後ろから国王陛下が忌々しそうな声で言った。

「お前は相変わらず親にも冷たいな。さすがはあの出来損ないの女の息子だ」

国王陛下は絞り出すように大きな声でそう言うが、ユアン王子は振り返りもせずに国王の居室を出て行ったのだった。