お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

俺はエルマを初めて見た二年前を思い出していた。


その日は、視察でラニマール家の領土へ赴いていた。公にした公務ではなかったので領地をめぐるだけだったが、そこでエルマを見かけたのだ。

エルマはラニマール家の庭で気持ちよさそうに歌を歌いながら洗濯物を干していた。
白いシーツを楽しそうに物干しにかけている。太陽の光がキラキラと反射して、まるでひとつの絵画の様に見えて思わず足を止めてしまったんだ。

綺麗だった。輝いて見えた。彼女に見入ってしまったんだ。エルマの笑顔に強く引き付けられた。あんな気持ちは生まれて初めてだったんだ。

「ちょっと! エルマ!! いつまでサボってんのよ! 今日はお客様がくるって知っているでしょう! 私だって挨拶はしないといけないんだから、さっさと支度を手伝いなさいよ。このグズ!」
「も、申し訳ありません、ジュアナお嬢様!」

エルマは一瞬で笑顔を消して、青い顔をしながらジュアナに付き添い屋敷に入って行った。

あの女がジュアナ……。

そのあと、ラニマール侯爵との会談がラニマール家の屋敷で行われた。そこで、エルマがジュアナに付き添っているのを見たんだ。
笑顔を貼り付けて挨拶をするジュアナの横に寄り添うエルマに自然と視線が向いてしまう。それを、ラニマール侯爵が勘違いしてジュアナとの縁談をごり押ししてきたのだ。



思い返して、ふっと笑みがこぼれる。

きっとエルマは俺に会ったことなど覚えていないだろう。公の公務ではなかったから公爵以外には名を伏せていたから使用人たちは俺が来たことなど知らないはず。そもそも彼女はジュアナの世話でいっぱいいっぱいの様子だった。

俺と会ったといっても遠くからだ。常に自信なさげに俯いていたから、まともに顔も見ていないに違いない。

外面良さそうに挨拶をしてから部屋から出て行くジュアナに付き添って行った。すれ違う際に目すら会っていない。

でも、俺はその時からなぜか強烈にエルマに惹かれていたんだ。寝ても覚めても、あの笑顔で歌っているエルマが頭から離れない。もう一度あの笑顔が見たい。

でも、彼女は使用人で会うことすらできない。

その後、ラニマール侯爵のごり押しでなぜか縁談の話が通り、俺とジュアナが婚約する羽目になった。
最悪だったよ。ジュアナは俺の一番苦手とするタイプだ。そんなのと結婚なんて悪夢だと思った。
俺だってプライドだけは高く、自分本位で我儘なジュアナとの縁談などまっぴらだった。しかし、もしかしたらジュアナの付き添い侍女として、エルマが王宮使用人になるかもしれないという希望も見出した。

遠巻きにエルマを眺めるチャンスでもあった。エルマとは身分が違う。だからそうすることでしか彼女を見つめることができない。

ジュアナとの結婚は最悪だが、そこに常に……王宮にエルマがいるならまだましなのではないか。

そう思うことで、自分自身の心を落ち着かせていた。

なのに……。

「あれはエルマだ! これは一体どういうことなんだ!?」

エルマがジュアナとして挨拶に来た後、俺は興奮気味にコーランを問い詰めた。

「あぁ、やはり彼女はジュアナ様ではありませんでしたか。迎えに行った時、違和感を感じてはいたんですよね」

シレっとそんなことを言う。どうやらコーランも怪しいと感じていたらしい。
ならどうして連れてきた? と思ったが、コーラン自身も彼女がエルマだと思ってあえて黙って連れてきたらしい。

「ラニマール侯爵は普段通りでしたが、夫人の様子もおかしかったので何かあると思いました。調べてみますが、もしかしたらジュアナ様がいなくなったので、代わりにエルマ様をジュアナ様に見立てたのかもしれませんね」
「そうか……」

確かに二人の背格好、顔立ちはよく似ていた。
婚約してからジュアナと会うことは会っても回数は少なかったから、入れ替わっても大丈夫だと思ったのだろうか。

俺を騙そうとしたラニマール侯爵に苛立とを感じる反面、あのエルマがここに居るという興奮と喜びの方が優っていた。

「調べておいてくれ。それと、詳細がわかるまで、このことは俺とコーランの秘密。他言無用だ」
「承知いたしました」

心得ているとばかりに笑みを浮かべる。

「事情はどうであれ、愛しのエルマ様がジュアナ様として嫁いできたなら、それはそれでよろしいんではありませんか?」

からかう口調に、俺は赤くなりながらコーランを睨みつける。

「面白がるな!」
「まぁ、彼女は婚約者ですのでこれから二人の関係を築くべきだと思いますよ。特に冷徹の王子などという二つ名があるあなたは、それだけで恐れられるのですから」
「……わかっている」

青い顔をして挨拶をしてきたエルマを思い出す。あの時も、顔が見えない様に俯いていた。バレることへの恐怖か、俺への恐怖か……。

どっちにしろ、この機会は逃さない。

そう思った俺は、忙しい合間を縫ってどうにかエルマと交流を持つ機会を作ろうと考えた。

「食事などどうですか?」
「それはいいな」

そうコーランに提案に二つ返事で了承した。
しかし、ふと考えた。エルマは元々使用人だ。食事マナーなどマスターしているのだろうか?

ジュアナだとバレないようにしているエルマにしたら、お嬢様として振舞えない食事場面は苦手だろう。案の定、その日の朝食は、一人にしてほしいと侍女らを遠ざけたという。

ならば、マナーを気にしない食事にしよう。

「ユアン様が作ってはいかがですか? 実は料理お好きでしょう?」
「……あまりそれを口にするな」
「失礼しました」

全くそう思っていない口ぶりのコーランに小さくため息をつく。
コーランにはバレている俺の好きなことの一つ。

それは料理だ。

好きな物を好きなように自分で作れる喜びを知ってから、こっそり作ることがストレス発散の一つとなっていた。
こんなこと、コーラン以外に知られたらどうなるか。冷徹の王子が料理好きだなんて、弱点にしかならないしなんだか恥ずかしい。

王子が料理などと周囲から猛反発を食らうのも目に見えている。

だから、エルマには俺が作ったことは秘密にして出していた。

美味しそうに食べてくれた。キラキラした顔で美味しいと言ってくれた。それがたまらなく嬉しくて、つい口元が緩むと不思議そうにじっと見つめられてしまったのだ。

ヤバい。可愛い。ドキドキする。

初恋を経験したティーンエイジャーのようで、益々恥ずかしくて動揺した。だから、余計にぶっきらぼうな口調になる。冷たいと思われたかもしれない。
悪循環だとは思うが、どうにもこの性格は治せないでいた。

「これからどうすべきか……」

エルマを想うと胸が苦しい。距離を縮めたい。

でも、自分にかかった冷徹の王子という呪いが邪魔をして生きづらくてたまらなかった。