お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

「みんな下がって。エルマ、あんただけ残りなさい」

この屋敷の末娘、侯爵令嬢のジュアナ・ラニマールお嬢様は、金色の髪を後ろに払いながら冷たく言い放った。
部屋で荷物の支度をしていた他の侍女たちは、慌てて一礼して退出する。
一瞬だけ、私に同情の視線をよこしながら。

私だけ残るの……?

私、侍女のエルマ・ハルソンは身構えた。
こうしたことはたまにある。大抵良くないことばかりだ。だから、お嬢様があえて私だけを残す時はいつもビクビクしてしまう。

どうしたのだろう……。今日のお菓子が美味しくなかったのだろうか。先日お嬢様が食べたいと言っていたお菓子なのだけれど。

それとも、紅茶がまずいと中身をぶちまけられるのだろうか。
以前、ぶちまけられた時は、手が軽く火傷をして痛みが引くまでに時間がかかった。仕事に支障が出るのでとても困った思い出がある。
それ以来、少し温めにしてあるのだけれど、それでもダメージは受けるだろう。

ニヤニヤしたその表情から、機嫌は悪くなさそうたが実際はわからない。
笑いながら水をかけられたこともあるのだから。

「な、何か御用でしょうか、ジュアナお嬢様」

ゴクリとつばを飲み込んでソロっとそばへ寄った。

ラニマール家の末娘としてジュアナお嬢様は蝶よ花よと可愛がられてきた。
だから少し……、そこそこ……いえ、かなり我儘に育っており、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起していた。

そしてそれはお嬢様付き侍女にされた私にぶつけられる。

「早く来なさいよ、愚図ね」

お嬢様は不快そうに大きなため息をついた。そして再びニヤッと口角を上げて、近くに来た私を見る。

「エルマ、明日の朝に王宮から迎えが来るでしょう?」
「はい……」
「ただ嫁ぐのでは面白くないと思わない? だから私と一緒に、王宮からの使者をからかってやりましょうよ」
「えっ!?」

ジュアナお嬢様は明日、この国の王子に嫁ぐことが決まっている。朝、王宮から迎えの馬車が到着するので、今そのために荷造りをしていた所だったのだ。
そのジュアナお嬢様のとんでもない提案に私は青くなった。

「い、いけません、お嬢様! 王宮からの迎えの使者をからかうなんて、不敬にもほどがあります」
「はぁ!? 不敬? 何を言っているの。 私は王子の婚約者なのよ? その妃の遊びに付き合えないなんてどちらが不敬なのよ。少しからかうだけよ」
「からかうって……」

絶句する私に、ジュアナお嬢様はニヤリと悪魔の笑みを浮かべた。

「あんたが私のドレスを着て迎えを待つの。あんたを私だと思っている使者に、後から私が出ていって驚かせるのよ。そ・れ・だ・け」

なんてことないといった口ぶりだ。
つまり入れ替わって王宮からの使者を驚かせようということ!? そんなこと、冗談でもしていいことではない。

こんな事見つかったらただでは済まないだろう。

「心配ないわ。腹立つけどあんたと私は似てるんだし、昔みたいに可愛い冗談で済まされるわよ」
「そうは言っても……」

私とジュアナお嬢様は背格好がよく似ていた。同じ明るい金の髪に、背丈や体形もほぼ一緒。年齢も私が一つ年下なだけ。白い肌に、顔立ちもなんとなく似ている。

私は小さい頃に使用人だった母にこの侯爵家に連れられてきた。母と共に幼いころから使用人として働いていたが、よくジュアナお嬢様に言われて服を交換し、入れ替わって使用人をだます遊びに付き合わされていた。

パッと見で使用人が間違えるほど、私たちは似ていたのだ。

最近は交換こしようなんて言われなかったけど……。

旦那様によく叱られたものだ。母も一緒に叱責されて申し訳なかった記憶がある。母はお嬢様の命令だからと、私の気持ちを理解して庇ってくれた。その母はもう亡くなっていない。

昔のように、家族にやる悪戯とはわけが違う。

使者が笑ってくれる人なら良いけど、冗談が通じない相手だったらどうしよう。
というか、冗談をしていい状況ではない。

しかも絶対、お嬢様はいざマズイ状況となった時、私に責任を押し付けるのは目に見えている。今までもそうだったのだから。
だからこそ、私は必死に説得をした。

「駄目です、お嬢様。今回ばかりは悪ふざけはいけません。旦那様に叱られてしまいます! 何より使者様にも失礼ですし……」
「いいじゃない、最後の可愛いおふざけよ」
「しかし……」

食い下がろうとすると、ジュアナお嬢様は机をバンっと叩いた。

「エルマ、誰にものを言っているの? 私の言うことが聞けないとでもいうわけ? ただの使用人のあんたが!」

ジュアナお嬢様は私をキッと睨みつける。私は思わず口をつぐんだ。

「忘れないで。あんたはただの使用人よ? この私に歯向かうなんて100年早いのよ!」
「は、歯向かうわけでは……。そんなことは決して……」

呟きながら俯く私にジュアナお嬢様は冷たい視線を寄越す。

「路頭に迷っていたあんたたち母娘を拾ってあげたのはこのラニマール家よ。衣食住に仕事まで与えた。私はその家の娘。言うことが聞けないだなんて言わないわよね?」
「もちろんでございます、ジュアナお嬢様……」

そう言われては何も言えない。私は観念して深くうな垂れた。

「トークハットを被ればレースで顔が隠れるわ。そんなに心配はいらないわよ。後からすぐに私が出て行くんだから」

ジュアナお嬢様は楽しそうにケラケラと笑っている。先々を予想して、私は顔を引きつらせるだけだった。