「ユアン王子。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
この日、いつものテラスで私は勇気を出して自分からユアン王子に話しかけた。
この日のランチは美味しいリゾットとサラダを食べていた。またマナーなど気にせず、スプーンとフォークだけで気軽に食べられるメニューとなっている。王子とランチの日は、必ずそうしたメニューだ。
毎日そうしたメニューでありがたいが疑問もわく。
私の声掛けに、ユアン王子はあの冷たい目のままちらりと視線だけをよこした。
この冷たい目にも少し慣れてきた気がする。
視線は冷たく怖いが、ユアン王子は質問にはちゃんと答えてくれる。そこに彼の温かさを見出した気がした。目線だけで促されたので、ひるまずに聞いてみることにした。
「あの……、どうしていつもこんな風に食べやすいランチなのでしょうか?」
「……嫌か?」
低い声でぶっきらぼうに応える。面白くなさそうなその声色に、私の方が焦った。機嫌を損ねてしまったか? 別に文句を言っているわけではない。
「いえ、とても食べやすくて嬉しいのです! その……、私は堅苦しい感じの食事は苦手なので……」
朝食や夕食の時、一人になって完璧なマナーを練習中だがやはり慣れないためか疲れてしまう。こうした食事スタイルの方が、使用人だった私には気楽なのだ。
「俺も堅苦しい感じは嫌いだ。ただでさえ時間がないのに、マナーを気にしてゆっくり食べている暇はない」
「時間……。あ……、そうですよね……」
ユアン王子のセリフが胸に刺さった。
そうか、時間だ……。てっきり、友好的になるためにこうして気軽なランチにしてくれているのだとばかり思っていた。しかし、実際は違ったんだ。
ユアン王子は忙しい。その合間を縫って、こうして私との時間を作ってくれている。けれど、その時間すら少しでも短縮したいと思うのは当然だ。
だから食べやすいメニューにしてもらっているんだ。
ほんの少し王子の思いやりを感じていたけれど、私の思い上がりだったみたいね。恥ずかしい……。
自分の考えを恥じた。
私のためではなかったんだ……。
ユアン王子は多忙で時間がないのだ。こんな風に無駄話するのも失礼なのかもしれない。元々会話は少なかったが、やはりあまり話しかけない方が良いのだろう。
もしかしたら、このランチも誰かに言われて嫌々行っているのかもしれなかった。ユアン王子が私のことを考えてくれただなんて、図々しいにもほどがあったのだ。
そう思っていると、ユアン王子がため息をついた。
あぁ、どうしてだろう。今の私にはそのため息が胸に痛い。
思わず俯いてしまった。すると、横から小さな笑い声がした。顔を上げると、コーラン様が立っていた。
「ジュアナ様、気にしなくていいですよ。ユアン様はジュアナ様との時間をどうこう思っているわけではありませんから」
「コーラン!」
突然現れたコーラン様に、ユアン王子が厳しい目を向ける。
「ユアン様はただジュアナ様と気兼ねなくゆっくり過ごしたいだけなんですよ。ねぇ?」
「いい加減にしろ、コーラン」
ユアン王子の不機嫌な低い声に私はハッとするが、当のコーラン様は慣れているのかどこ吹く風だ。
どう見ても、私とゆっくり過ごしたいわけではなさそうだけど……。
それくらいに、ユアン王子はコーラン様の言葉を嫌がっているように見えた。
ユアン王子はコーラン様を軽く睨みつける。
「コーラン、何しに来た」
「あぁ、そうでした。今朝の朝議で話した北側諸国の不穏な動きについて、今しがた報告が入りました。ご確認お願いできますか?」
「急ぎか?」
「急ぎ以外で、お二人のお邪魔は致しません」
含むいい方にユアン王子は小さく舌打ちをする。席を立つと、私の方など見もしないで呟いた。
「悪いが、今日はここまでだ」
「はい」
ユアン王子はそう言うとコーラン様と共に急ぐようにして執務室へと去っていった。
行ってしまった……。一人残された私は、深いため息をこぼす。
「そんなに嫌かしら……。私との時間は……」
だったらランチなど、設けなければいいのに。
そう思うが、それは口には出せない。ユアン王子も婚約者との交流時間は仕事の一つなのだろう。どう考えても、コーラン様の言うような、ゆっくりした時間が過ごせているとは思えない。
私はそのままボーっと庭を眺めた。
夢にまで見たシンデレラストーリー。でも、それは理想とは違う。
ジュアナとして振舞い、エルマの自分が出ないよう気を配る。ジュアナではないことがバレたらきっと処刑だ。常に恐怖が付きまとう。
それに加えて、婚約者は冷たい態度。温かさを見出すときもあったし、それが楽しみだけれど、やはり緊張の方が大きいし落胆もある。
リリーさんは楽しいけれど、使用人と王子の婚約者という線引きは外れない。
お屋敷にいた時も辛かったけれど、ここはまた別の辛さがあるわね……。
本当の自分を取り戻せる日は来るのだろうか。
いや、取り戻した瞬間、私は死を目の前にするのだろう。
またため息を一つ。
手持無沙汰になった私は、横のワゴンに食器などを片付けた。そしてそれを押していこうとしたところで、給仕担当の者に見つかってしまった。
驚愕して固まる給仕担当に、しまったと引きつり笑いを浮かべながらワゴンを渡してそそくさとその場を離れたのだった。
この日、いつものテラスで私は勇気を出して自分からユアン王子に話しかけた。
この日のランチは美味しいリゾットとサラダを食べていた。またマナーなど気にせず、スプーンとフォークだけで気軽に食べられるメニューとなっている。王子とランチの日は、必ずそうしたメニューだ。
毎日そうしたメニューでありがたいが疑問もわく。
私の声掛けに、ユアン王子はあの冷たい目のままちらりと視線だけをよこした。
この冷たい目にも少し慣れてきた気がする。
視線は冷たく怖いが、ユアン王子は質問にはちゃんと答えてくれる。そこに彼の温かさを見出した気がした。目線だけで促されたので、ひるまずに聞いてみることにした。
「あの……、どうしていつもこんな風に食べやすいランチなのでしょうか?」
「……嫌か?」
低い声でぶっきらぼうに応える。面白くなさそうなその声色に、私の方が焦った。機嫌を損ねてしまったか? 別に文句を言っているわけではない。
「いえ、とても食べやすくて嬉しいのです! その……、私は堅苦しい感じの食事は苦手なので……」
朝食や夕食の時、一人になって完璧なマナーを練習中だがやはり慣れないためか疲れてしまう。こうした食事スタイルの方が、使用人だった私には気楽なのだ。
「俺も堅苦しい感じは嫌いだ。ただでさえ時間がないのに、マナーを気にしてゆっくり食べている暇はない」
「時間……。あ……、そうですよね……」
ユアン王子のセリフが胸に刺さった。
そうか、時間だ……。てっきり、友好的になるためにこうして気軽なランチにしてくれているのだとばかり思っていた。しかし、実際は違ったんだ。
ユアン王子は忙しい。その合間を縫って、こうして私との時間を作ってくれている。けれど、その時間すら少しでも短縮したいと思うのは当然だ。
だから食べやすいメニューにしてもらっているんだ。
ほんの少し王子の思いやりを感じていたけれど、私の思い上がりだったみたいね。恥ずかしい……。
自分の考えを恥じた。
私のためではなかったんだ……。
ユアン王子は多忙で時間がないのだ。こんな風に無駄話するのも失礼なのかもしれない。元々会話は少なかったが、やはりあまり話しかけない方が良いのだろう。
もしかしたら、このランチも誰かに言われて嫌々行っているのかもしれなかった。ユアン王子が私のことを考えてくれただなんて、図々しいにもほどがあったのだ。
そう思っていると、ユアン王子がため息をついた。
あぁ、どうしてだろう。今の私にはそのため息が胸に痛い。
思わず俯いてしまった。すると、横から小さな笑い声がした。顔を上げると、コーラン様が立っていた。
「ジュアナ様、気にしなくていいですよ。ユアン様はジュアナ様との時間をどうこう思っているわけではありませんから」
「コーラン!」
突然現れたコーラン様に、ユアン王子が厳しい目を向ける。
「ユアン様はただジュアナ様と気兼ねなくゆっくり過ごしたいだけなんですよ。ねぇ?」
「いい加減にしろ、コーラン」
ユアン王子の不機嫌な低い声に私はハッとするが、当のコーラン様は慣れているのかどこ吹く風だ。
どう見ても、私とゆっくり過ごしたいわけではなさそうだけど……。
それくらいに、ユアン王子はコーラン様の言葉を嫌がっているように見えた。
ユアン王子はコーラン様を軽く睨みつける。
「コーラン、何しに来た」
「あぁ、そうでした。今朝の朝議で話した北側諸国の不穏な動きについて、今しがた報告が入りました。ご確認お願いできますか?」
「急ぎか?」
「急ぎ以外で、お二人のお邪魔は致しません」
含むいい方にユアン王子は小さく舌打ちをする。席を立つと、私の方など見もしないで呟いた。
「悪いが、今日はここまでだ」
「はい」
ユアン王子はそう言うとコーラン様と共に急ぐようにして執務室へと去っていった。
行ってしまった……。一人残された私は、深いため息をこぼす。
「そんなに嫌かしら……。私との時間は……」
だったらランチなど、設けなければいいのに。
そう思うが、それは口には出せない。ユアン王子も婚約者との交流時間は仕事の一つなのだろう。どう考えても、コーラン様の言うような、ゆっくりした時間が過ごせているとは思えない。
私はそのままボーっと庭を眺めた。
夢にまで見たシンデレラストーリー。でも、それは理想とは違う。
ジュアナとして振舞い、エルマの自分が出ないよう気を配る。ジュアナではないことがバレたらきっと処刑だ。常に恐怖が付きまとう。
それに加えて、婚約者は冷たい態度。温かさを見出すときもあったし、それが楽しみだけれど、やはり緊張の方が大きいし落胆もある。
リリーさんは楽しいけれど、使用人と王子の婚約者という線引きは外れない。
お屋敷にいた時も辛かったけれど、ここはまた別の辛さがあるわね……。
本当の自分を取り戻せる日は来るのだろうか。
いや、取り戻した瞬間、私は死を目の前にするのだろう。
またため息を一つ。
手持無沙汰になった私は、横のワゴンに食器などを片付けた。そしてそれを押していこうとしたところで、給仕担当の者に見つかってしまった。
驚愕して固まる給仕担当に、しまったと引きつり笑いを浮かべながらワゴンを渡してそそくさとその場を離れたのだった。



