お嬢様の代わりに冷徹王子に嫁ぎます

食後に声をかけると、侍女たちは部屋の前で控えていたようですぐに片付けをしてくれた。

それにしても……。一人で食べていても、マナーを気にしなきゃいけない。朝食をとるだけなのになんだか疲れたわ。

一人きりになってソファーにぐったりと座る。朝食を堪能しつつもいろんなことに気をつけながらの食事だったので体に力が入った。

いつもはマナーなんてほとんど気にしたことがないし、フォークとスプーンだけで好きなように食べていたものね。忙しかったから、ご飯なんてかき込んで食べることもあったし。
ほんの一日前なのに、今までの自分の生活が懐かしく感じた。

お嬢様ってこんな生活なのね。いつもそばで見ていたけれど、自分がいざ体験するとなるとなんだか落ち着かない……。

私はテーブルに置いてあった布巾で周りを軽く拭く。

うん、なんかこうしていると落ち着く。

そのままあちこちを拭き出したら止まらなくなった。やっぱり私にはこの方がしっくりくるのよね。
すると、再び部屋の扉が叩かれた。朝食の時にいた侍女の一人が入ってきて、私の行動に目を丸くする。

「ジュ、ジュアナ様!? 何をされているのですか! そんなことは私どもがやりますのでお止めください!」
「あ……、すみません、つい……」

慌てた様子で布巾を取り上げられる。

そうだよね、侯爵令嬢がこんなことやらないよね。ましてや王子の婚約者なのに……。

侍女は呆れたような目をしながら私に言った。

「ジュアナ様、お着換えのお手伝いを致します」
「着替え?」

あぁ、そう言えばまだ夜着のままだった。

「着替えはこちらです」

促されるままクローゼットを開くと、そこには豪華なドレスやワンピースが並んでいた。

「素敵……」

どの生地も上等でなめらか。色や形も上品で種類も豊富だ。侯爵邸のお嬢様の部屋よりもたくさんあるし、質も上質な物ばかり。
これを私が着ていいの……?
似合わないんじゃないかしらと不安になる。

「今日はどのお洋服になさいますか?」

一方後ろで声をかけてくる侍女のセリフは、少し前まで私のセリフだった。

今はもう、言われる立場なのね。

なんだか複雑である。私が一生言われるはずのなかった言葉だ。

侍女を振り返ると、穏やかにこちらを微笑んでいた。
仕事用のスマイルだ。その下では、私がいつも抱えていたような不満、ストレスがあるのだろう。そう思うと、彼女たちにキツクは当たれない。

よく見ると彼女は私よりも年上の様で、たぶん25歳くらいだろうか。口元の小さなほくろが可愛らしい。

「あの、お名前を聞いても?」
「申し送れました。私、ジュアナ様付き侍女頭のリリーと申します。何かありましたら私に何でもお申しつけくださいませ」

深々と頭を下げるリリーさんに少し慌てる。そんなことをしてもらうことに慣れていない。
見たところ若いのに、王子の婚約者の侍女頭をするなんてよほど優秀なのだろう。

「頭を上げてください。よろしくお願いします、リリーさん。あの、私こんなに素敵なドレスは初めてで……。どれが似合うでしょうか?」
「初めて……でございますか?」

怪訝な顔をされてハッとする。

「あ、いや……、実家でもここまで素敵なドレスはなかったものですから! センス抜群だし、さすがは王宮!」
「なるほど。確かにこれら全て、王宮お抱えのデザイナーが手掛けた物です。市井には出回らない逸品ですのでそう思われて当然でございます」
「で、ですよね」

危ない、危ない。
何気ない一言でも、疑問を持たれたら厄介である。

リリーさんは私のごまかしに納得して、ニッコリと微笑んでクローゼットの前に立った。

「そうですね。本日はお天気も良いですし、この水色のドレスなど爽やかでよろしいのではないでしょうか?」

リリーさんの選んだ水色のドレスは、ところどころに白いレースが散りばめられ、縫い付けられた宝石がキラキラと輝いていた。日差しのある今日みたいな日には空の色と合いぴったりだ。

「ありがとうございます」
「お着替えが済みましたら髪を結いますね」

そう言って着替えを手伝ってくれた。