サヨナラを言う準備は出来ていた。


この夏最初の花火が上がり、俺はマンションのベランダに降り立った。
ざらざらと砂っぽいサンダルを引っかけて、手すり壁に寄りかかる。
隔板の向こう、隣の部屋のベランダを覗きこむと、あいつがいた。

赤ん坊の頃からの幼なじみ、矢部那月。
那月の肩まである黒髪が、夜の風にさらさらと揺れる。ぼんやりと夜空を見上げる横顔が、花火に照らされ赤に黄色に輝いていた。

ふと、那月が何かに気づいたようにこっちを向いた。
俺を見つけて、那月の大きな目がさらに大きく見開かれる。


「……結星?」


赤、黄色、緑と、カラフルな花火が夜空に弾ける。
びっくりしたとき、那月はちょっと顔が幼くなる。俺はその顔が昔から好きだった。だから那月を驚かせようと、しょっちゅうイタズラを仕掛けては怒られていた。
実はその怒った顔もわりと好きなんだけど、それは誰にも秘密だ。親友の涼平にだって言ってない。もしかしたら、涼平は気づいているかもしれないけど。俺の親友は鋭いのだ。