【異世界恋愛*短編集】変わり者の令嬢はハッピーエンドをつかみ取る

 お産は結局翌日の午後までかかり、義姉は元気な男の子を出産した。
 ぐったりと疲れきりながらも、涙ながらにマグダレーナの手を握って礼を言う。

「ありがとうございました、マグダレーナ様……。こんなにもお待たせしてしまって、エリアス様にも本当に申し訳ありませんでした」

「ふふ、気にしないでくれ義姉上。あれはあれで、楽しい時間を過ごさせてもらって感謝しているよ」

 意味不明な会話に、エリアスは怪訝そうに眉根を寄せる。
 答えを求めるようにブラッドリー伯爵家の面々を見回すが、皆それどころではなかった。マグダレーナの兄は我が子の誕生にむせび泣き、両親は初孫に歓喜していた。

 お祭り騒ぎの部屋を抜け出して、マグダレーナはエリアスを自室まで引っ張っていく。

「マグダレーナ?」

「乾杯しないか、エリアス様。泊まり込みで付き合ってくれて、本当にありがとう」

 戸棚から美しいグラスを二つ取り出し、ワインを注いだ。

「さっきの義姉上殿の言葉は、何に対する謝罪だったんだ?」

 エリアスの問いにマグダレーナは答えない。
 戸惑うエリアスを振り返り、ドレスを払ってうやうやしくひざまずいた。

「……っ、マグダレーナ!?」

「エリアス様。あなたからわたしへの求婚は、まだ有効だろうか?」

 真剣な表情で見上げるマグダレーナに、エリアスはごくんと唾を飲み込んだ。
 みるみる熱くなっていく頬をこすり、無言のまま何度も頷いた。よかった、とマグダレーナが心から嬉しそうに笑う。

「ならば、エリアス様。わたしはあなたの求婚を喜んで受け入れよう」

「マグダレーナ……っ」

「ふふ。相手がエリアス様ならば、『その他大勢』ではなく『唯一』も悪くない」

 エリアスは手を貸してマグダレーナを立たせると、彼女をきつく抱き締めた。
 マグダレーナが「グッフフ」とくすぐったそうに笑う。

「……さっきの義姉の言葉はな、エリアス様」

 エリアスの胸から顔を上げ、マグダレーナがささやきかける。

「わたしがあなたの求婚を断った原因が、他でもない義姉の願いにあるからだ。どうかわたしにはずっとブラッドリー伯爵家にいてほしいと、義姉から頼まれていたのだよ」

「はああッ?」

 目を剥くエリアスに、マグダレーナは含み笑いしながら説明をした。

 つまりはこういうことだった。
 マグダレーナの悪評が立ちすぎて、兄は適齢期を過ぎてもなかなか縁談をまとめられずにいた。

 無理もない。
 ブラッドリー伯爵家に嫁ぐということは、すなわち『壁のマンドラゴラ』も付いてくるということ。普通ならば貴族の令嬢は他家に嫁ぐものだが、生憎とマグダレーナは全然全く普通ではない。

「わたしは一生ブラッドリー伯爵家の壁に寄生すると思われていたんだ。そんな小姑のいる家など冗談ではないと、貴族のご令嬢たちから兄は敬遠されていた」

 そんな兄が恋をした。
 相手は身分違いの男爵家の娘で、普通ならば成就するはずのない恋だった。けれどくどいようだが、マグダレーナのいるブラッドリー伯爵家は普通の貴族とは違うわけで。

「わたしの悪評のお陰で二人は無事に結婚できたわけだが、義姉はなかなか身籠らなくてね。いつか自分は離縁され、兄は別の令嬢と再婚してしまうのではないか、とあるはずもない未来に怯え続けた」

 兄やマグダレーナ、そして両親が何度「そんなことはない」となだめても無駄だった。
 だからせめて跡継ぎが生まれるまでは、マグダレーナはブラッドリー伯爵家に留まろうと決めていた。マグダレーナが伯爵家に居座り続ける限りは、兄の再婚相手など見つかるはずがなく、義姉は心穏やかでいられる。

「だがそれも、今日で終わりだ。さっきの義姉の顔を見たろう? 自信と幸福に満ちあふれていたよ」

「なるほど……話はわかったが……」

 エリアスが嫌そうに顔をしかめる。
 どうやら気づいてしまったらしい。マグダレーナは「グッフフフ」と笑い声を漏らした。

「お前なぁ、それをもっと早く俺に言ってくれてもよかったんじゃないか? 求婚を断られ続けて、俺がどれだけじれったい思いをしていたと」

「だが、お陰でやる気が出たろう? 絶対にわたしを振り向かせてやると、あなたからは強い決意を感じたし、愛が育っていくのもひしひしと感じていたよ」

「あ、愛って!!」

 エリアスが真っ赤になって崩れ落ちた。やはり可愛い。最高だ。

 マグダレーナもしゃがみ込み、エリアスの顔をしげしげと覗き込む。
 遠い壁から一方的に眺めていた時とは全く違い、今は手を伸ばせば届く距離にいられる。これこそ彼の『唯一』たる特権なのだ。

 マグダレーナはうきうきと腰を上げ、グラスを手に取った。片方を差し出せば、エリアスもよろめきながらもなんとか立ち上がる。

「つまりは俺は、お前の手のひらの上でコロコロと転がされていたわけだな?」

「ふむ。そうとも言うね」

 澄まして肯定すると、エリアスが頭を抱え込んだ。
 にんまりするマグダレーナからグラスを奪い取り、やけっぱちのように高く掲げる。

「『壁のマンドラゴラ』に乾杯――……いや、完敗!」


<おしまい>