――数日後。
ブラッドリー伯爵家に激震が走った。
「マ、マママママグダレーナに婚姻の申し込みだとぉぉぉっ!?」
「嘘でしょう父上! 実の兄としてとても信じられませんっ」
「し、しかもお相手は今話題のエリアス様ですって……? じ、実の母としても、あり得ないとしか申し上げられませんわ!」
「ふむ。みな少々騒ぎすぎではないかね?」
マグダレーナは慌てず騒がず、紅茶のカップを傾ける。
目の前に座る兄の妻、つまりはマグダレーナの義姉が青ざめた顔で手を伸ばす。
「マ、マグダレーナさま……? およめに、およめにいってしまわれるのですか……?」
「ふふ。可愛い義姉上。心配せずとも大丈夫だとも」
まだ騒いでいる家族を置いて、マグダレーナはお腹の大きな義姉を部屋の外へとエスコートする。
「今はとにかく心穏やかに。健やかな子を産むことだけをお考えください」
「は、はい……でも」
涙ぐむ義姉を慰めて、彼女の部屋へと送っていった。
マグダレーナも自室に戻り、「ふぅむ」と声を漏らして考え込む。しかし真剣な表情は長続きせず、すぐにデレッと相好を崩した。
「さてさて。愛しいエリアス様は、一体何を企んでおいでなのかな……?」
その答えは案外早くわかった。
次に参加した夜会で、正装したエリアスが張り切ってマグダレーナを迎えに来たのだ。
「こんばんは、マグダレーナ嬢。今宵の夜会、よろしければ僕にエスコートさせていただけませんか?」
「ふふ、ごきげんようエリアス様。もちろんだとも、喜んで」
二人は手を取り合って馬車に乗り込んだ。マグダレーナの家族は失神寸前だった。
その夜の会で、マグダレーナとエリアスは全ての話題をかっさらった。
まさかあのエリアスの選んだ相手が、よりにもよって『壁のマンドラゴラ』だとは。しかもすでに求婚中で、色よい返事をもらえず焦らされているとは。
「ゆ、許せませんわ……!」
「『壁のマンドラゴラ』の分際で!」
嫉妬の視線も小気味良い。
マグダレーナにとっては初めての事態だが、これはこれで悪くなかった。妬み嫉み、おおいに結構。
「で、どういうつもりかね?」
二人きりになったバルコニーで、マグダレーナがいたずらっぽく尋ねる。
エリアスは周囲に人の気配がないのを確認すると、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「俺はお前に嫌がらせがしたいんだ。『その他大勢』の一人をお前が望むなら、その逆を行ってやろうと思っただけさ」
「随分と壮大な嫌がらせだな。人生の伴侶をそんなことで決めてしまうとは」
マグダレーナはまじまじとエリアスの顔を覗き込んだ。鼻先が触れ合うほど近づけば、エリアスがみるみる真っ赤になる。
「かっ、勘違いするなよ? 別に家格さえ釣り合えば、相手なんか誰でもよかったんだからな!」
「ほうほう」
「生返事するな!」
わめくエリアスも愛らしい。マグダレーナは上機嫌だった。
それからもエリアスの求婚は続いていく。
夜会のたびに甲斐甲斐しくマグダレーナを迎えに行って、隙あらば壁に張りつこうとする彼女を夜会の中心に引っぱっていく。
令嬢たちがマグダレーナにワインをかけようとすればすかさず庇い、足を引っかけられそうになったら素早く支え、宙を飛んだパイはエリアスがその端正な顔で受け止めた。
「髪の先までベトベトだな」
「いいんだよ。これで帰る口実になる」
夜会の主催者が急遽用意してくれた客室で、エリアスが顔を拭いて澄ましてみせる。
マグダレーナはそんな彼を楽しい気持ちで眺めた。指を伸ばして頬に残ったクリームをすくい、ぺろりとひと舐めする。
「甘い」
「……っ。ま、またお前はそういうっ」
エリアスが真っ赤になって怒った。
勢いよく顔を背け、「手洗いに行ってくるっ」と宣言して出ていってしまう。
マグダレーナが含み笑いしていると、客室に控えめなノックの音が響いた。
「マグダレーナ様。ブラッドリー伯爵様より至急の知らせが届いております」
マグダレーナは手紙を受け取って、素早く文面に目を走らせる。みるみる表情が引き締まり、手紙を届けてくれた使用人に厳しい目を投げかけた。
「すまないが、エリアス様が戻られたらわたしは先に帰ったと伝えてもらえないか? 火急の用件ができたから、と」
「承りました」
マグダレーナはドレスの裾を払うと、足早に出口を目指した。ブラッドリー伯爵家の馬車が待機しているはずだ。逸る気持ちを抑えて廊下を突き進む。
「――待ちなさいよっ!」
「っ!?」
突然背後から突き飛ばされ、壁に全身を打ちつけた。
ブラッドリー伯爵家に激震が走った。
「マ、マママママグダレーナに婚姻の申し込みだとぉぉぉっ!?」
「嘘でしょう父上! 実の兄としてとても信じられませんっ」
「し、しかもお相手は今話題のエリアス様ですって……? じ、実の母としても、あり得ないとしか申し上げられませんわ!」
「ふむ。みな少々騒ぎすぎではないかね?」
マグダレーナは慌てず騒がず、紅茶のカップを傾ける。
目の前に座る兄の妻、つまりはマグダレーナの義姉が青ざめた顔で手を伸ばす。
「マ、マグダレーナさま……? およめに、およめにいってしまわれるのですか……?」
「ふふ。可愛い義姉上。心配せずとも大丈夫だとも」
まだ騒いでいる家族を置いて、マグダレーナはお腹の大きな義姉を部屋の外へとエスコートする。
「今はとにかく心穏やかに。健やかな子を産むことだけをお考えください」
「は、はい……でも」
涙ぐむ義姉を慰めて、彼女の部屋へと送っていった。
マグダレーナも自室に戻り、「ふぅむ」と声を漏らして考え込む。しかし真剣な表情は長続きせず、すぐにデレッと相好を崩した。
「さてさて。愛しいエリアス様は、一体何を企んでおいでなのかな……?」
その答えは案外早くわかった。
次に参加した夜会で、正装したエリアスが張り切ってマグダレーナを迎えに来たのだ。
「こんばんは、マグダレーナ嬢。今宵の夜会、よろしければ僕にエスコートさせていただけませんか?」
「ふふ、ごきげんようエリアス様。もちろんだとも、喜んで」
二人は手を取り合って馬車に乗り込んだ。マグダレーナの家族は失神寸前だった。
その夜の会で、マグダレーナとエリアスは全ての話題をかっさらった。
まさかあのエリアスの選んだ相手が、よりにもよって『壁のマンドラゴラ』だとは。しかもすでに求婚中で、色よい返事をもらえず焦らされているとは。
「ゆ、許せませんわ……!」
「『壁のマンドラゴラ』の分際で!」
嫉妬の視線も小気味良い。
マグダレーナにとっては初めての事態だが、これはこれで悪くなかった。妬み嫉み、おおいに結構。
「で、どういうつもりかね?」
二人きりになったバルコニーで、マグダレーナがいたずらっぽく尋ねる。
エリアスは周囲に人の気配がないのを確認すると、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「俺はお前に嫌がらせがしたいんだ。『その他大勢』の一人をお前が望むなら、その逆を行ってやろうと思っただけさ」
「随分と壮大な嫌がらせだな。人生の伴侶をそんなことで決めてしまうとは」
マグダレーナはまじまじとエリアスの顔を覗き込んだ。鼻先が触れ合うほど近づけば、エリアスがみるみる真っ赤になる。
「かっ、勘違いするなよ? 別に家格さえ釣り合えば、相手なんか誰でもよかったんだからな!」
「ほうほう」
「生返事するな!」
わめくエリアスも愛らしい。マグダレーナは上機嫌だった。
それからもエリアスの求婚は続いていく。
夜会のたびに甲斐甲斐しくマグダレーナを迎えに行って、隙あらば壁に張りつこうとする彼女を夜会の中心に引っぱっていく。
令嬢たちがマグダレーナにワインをかけようとすればすかさず庇い、足を引っかけられそうになったら素早く支え、宙を飛んだパイはエリアスがその端正な顔で受け止めた。
「髪の先までベトベトだな」
「いいんだよ。これで帰る口実になる」
夜会の主催者が急遽用意してくれた客室で、エリアスが顔を拭いて澄ましてみせる。
マグダレーナはそんな彼を楽しい気持ちで眺めた。指を伸ばして頬に残ったクリームをすくい、ぺろりとひと舐めする。
「甘い」
「……っ。ま、またお前はそういうっ」
エリアスが真っ赤になって怒った。
勢いよく顔を背け、「手洗いに行ってくるっ」と宣言して出ていってしまう。
マグダレーナが含み笑いしていると、客室に控えめなノックの音が響いた。
「マグダレーナ様。ブラッドリー伯爵様より至急の知らせが届いております」
マグダレーナは手紙を受け取って、素早く文面に目を走らせる。みるみる表情が引き締まり、手紙を届けてくれた使用人に厳しい目を投げかけた。
「すまないが、エリアス様が戻られたらわたしは先に帰ったと伝えてもらえないか? 火急の用件ができたから、と」
「承りました」
マグダレーナはドレスの裾を払うと、足早に出口を目指した。ブラッドリー伯爵家の馬車が待機しているはずだ。逸る気持ちを抑えて廊下を突き進む。
「――待ちなさいよっ!」
「っ!?」
突然背後から突き飛ばされ、壁に全身を打ちつけた。



