周囲の令嬢たちが悲鳴を上げる。
壁のマンドラゴラだわ。なんでエリアス様ともあろうお方があんな子に。そんな悲痛な叫びがマグダレーナの耳に入ってくる。
が、エリアスは何も気づいていないように、にっこりとやわらかな笑みを浮かべた。
「不躾に申し訳ありません。ですがよろしければ、二人だけでお話いたしませんか?」
「んッ……いや、結構だ。お断りする」
マグダレーナはきっぱりと拒絶の言葉を口にする。
エリアスが意外そうに目をみはるが、マグダレーナは本気だった。マグダレーナはあくまで観察者であり、その目的はエリアスの美を愛でることにあり、別に彼個人と親しくなりたいわけではないのだ。
(さて、これで彼はどう出るか?)
なんて、考えるまでもなくわかりきっている。
いつも周囲の目を気にして『相応しく』振る舞おうとする彼ならば、あっさりと身を引くはず。
そう予想して余裕で構えるマグダレーナだったが、エリアスはなぜか一歩距離を詰めてきた。優雅にひざまずき、マグダレーナの華奢な手を握る。
「ん゛ぉわァッ!?」
「そのようにつれないことはおっしゃらず。バルコニーに出て、夜風に当たりませんか?」
濡れた美しい瞳で、熱くマグダレーナを見つめてきた。
マグダレーナは声もなく、うっとりしてその瞳を覗き込む。周囲の令嬢たちはもう失神寸前だ。
「いかがです?」
「……いく」
こっくりと頷けば、エリアスの顔がぱあっと輝いた。
気が変わる前にと思ったのだろう、マグダレーナの手を引いて早歩きにバルコニーへと出た。エリアスは片っ端から全ての窓を閉めると、窓に張りつく野次馬たちから隠れるように広間に背を向けた。
「美しい夜ですね」
「夜よりもあなたが美しく、そしてそれよりもあなたの内面に興味がある」
マグダレーナは早口に告げると、握ったままだったエリアスの手に目を落とした。
さすが武人だけあって無骨な手だ。剣ダコは硬く、指先はかさかさと荒れている。舐めるように見つめ、エリアスの手を無遠慮に撫でまわした。
完璧だったエリアスの笑みに、ビキッとヒビが入る。
「……内面に興味がある、とおっしゃるわりに、僕の手に少々構いすぎではありませんか?」
「顔ならば普段から充分に堪能させていただいている。が、手はさすがにこんな至近距離から眺めたことは無い。まして触れるなど初めてだ。実に興味深い」
しげしげと眺め、感嘆の息をついた。
完全に腰が引けているエリアスに、マグダレーナはぐいっと詰め寄る。
「実はだな、エリアス様。わたしはあなたの服の下の筋肉も愛でてみたいと常々考えていた。良い機会だ、よければ胸元を少しはだけてはいただけまいか?」
「いいわけねぇだろ! お前痴女かよ!?」
エリアスが勢いよくマグダレーナの手を振り払った。
うん、実に良い。マグダレーナがにやりと口の端を上げる。
「ようやく地を見せてくれたな。それが本当のあなたか? エリアス様」
しまった、と言いたげにエリアスが顔をしかめた。
汚いものを払うように己の手を拭き、先ほどまでとは打って変わった冷たい目をマグダレーナに向ける。
「……そう。これが本当の俺だよ」
ぶすりとして告げた。
「剣術だけしか取りえのない、単なる田舎貴族の三男坊だ。子宝に恵まれなかった親戚の伯爵家に望まれて、俺の意思とは無関係にトントン拍子に話が進んでしまった。そして今は、馬鹿みたいに着飾ってこんな場所に立っている」
マグダレーナはにやにやして話に耳を傾ける。
エリアスを観察し始めて半年あまり。
初めてエリアスが型に嵌まった行動をやめ、貴公子の仮面を脱ぎ捨てている。実に面白い。マグダレーナは笑み崩れた。
「そのきっかけを与えたのが、まさか『壁のマンドラゴラ』たるわたしとはな。理由を聞かせてもらっても構わないか?」
「理由だと? ハッ」
エリアスが失笑する。
憎々しげにマグダレーナを見つめ、肩をすくめた。
「こっちはなぁ、愛想笑いを貼りつけて、したくもない社交に必死なんだよ。それを何だ? お前は毎回毎回俺が移動するたびに後を付いてきて、グフグフグフグフ気持ち悪りぃ笑い声を漏らしやがって」
「ふむ」
「なんっで俺はこんなに苦労してるのに、気味悪がられて遠巻きにされてるお前の方が楽しそうなんだよ! 生き生きしてんだよ! でもな、覚えてろよ。これで今日からお前も当事者だからな!」
エリアスが胸を張って勝ち誇る。
マグダレーナはうっとりして彼を見上げた。顔が良い。声も良い。そして威勢も良い。
「ご令嬢たちの嫉妬はすさまじいと聞くからな。そんなふうに余裕ぶってられるのも今日で最後だぞ。明日からのお前はドレスにワインをかけられて、足を引っかけられて、パイを顔に投げつけられるんだ! どうだ、もう笑ってはいられないだろう!」
「ふむ。嫌がらせの手法が少々古典的過ぎやしないかね?」
「う、うるせぇっ! 学がなくて悪かったな!」
決してそういう意味で言ったのではないのだが。
地団駄を踏んで悔しがるエリアスを、マグダレーナは微笑ましい気持ちで眺めた。実に可愛らしい。
やがて充分に満ち足りると、「それでは失礼」とくるりと踵を返した。
エリアスがぎょっとして目を剥く。
「ちょっ……! まだ俺と話している最中だろう!?」
「残念だが、わたしはあなたと特別な関係になりたいわけでは無い」
きっぱりと告げ、マグダレーナはちらりとエリアスを振り返った。
「わたしはあくまでも『観察者』。あなたを一方的に愛でる有象無象、『その他大勢』の一人で構わないのだ」
エリアスが絶句して立ち尽くす。
呼び止めようとした手が宙に浮いていて、マグダレーナは名残惜しくその手を眺めた。
「今までの仮面を被ったあなたも楽しかったが、本当のあなたはそれ以上に興味深かった。あなたは嫌がるかもしれないが、わたしはとても愛らしくて素敵だと思う」
「……っ」
息を呑むエリアスに、マグダレーナはにっこりと笑いかける。
「率直に言うならば、すごく好きだ」
「……はッ、はあぁッ!?」
奇声を上げるエリアスにひらりと手を振って、マグダレーナは夜会の会場へと戻っていった。
令嬢たちの嫉妬の視線を跳ね返し、心落ち着く壁に背中を預けて『壁のマンドラゴラ』業を再開する。しかしどうにもいけない。心が沸き立ち、観察に集中できそうもない。
「……帰るか」
あっさりあきらめ、夜会の会場を後にした。
壁のマンドラゴラだわ。なんでエリアス様ともあろうお方があんな子に。そんな悲痛な叫びがマグダレーナの耳に入ってくる。
が、エリアスは何も気づいていないように、にっこりとやわらかな笑みを浮かべた。
「不躾に申し訳ありません。ですがよろしければ、二人だけでお話いたしませんか?」
「んッ……いや、結構だ。お断りする」
マグダレーナはきっぱりと拒絶の言葉を口にする。
エリアスが意外そうに目をみはるが、マグダレーナは本気だった。マグダレーナはあくまで観察者であり、その目的はエリアスの美を愛でることにあり、別に彼個人と親しくなりたいわけではないのだ。
(さて、これで彼はどう出るか?)
なんて、考えるまでもなくわかりきっている。
いつも周囲の目を気にして『相応しく』振る舞おうとする彼ならば、あっさりと身を引くはず。
そう予想して余裕で構えるマグダレーナだったが、エリアスはなぜか一歩距離を詰めてきた。優雅にひざまずき、マグダレーナの華奢な手を握る。
「ん゛ぉわァッ!?」
「そのようにつれないことはおっしゃらず。バルコニーに出て、夜風に当たりませんか?」
濡れた美しい瞳で、熱くマグダレーナを見つめてきた。
マグダレーナは声もなく、うっとりしてその瞳を覗き込む。周囲の令嬢たちはもう失神寸前だ。
「いかがです?」
「……いく」
こっくりと頷けば、エリアスの顔がぱあっと輝いた。
気が変わる前にと思ったのだろう、マグダレーナの手を引いて早歩きにバルコニーへと出た。エリアスは片っ端から全ての窓を閉めると、窓に張りつく野次馬たちから隠れるように広間に背を向けた。
「美しい夜ですね」
「夜よりもあなたが美しく、そしてそれよりもあなたの内面に興味がある」
マグダレーナは早口に告げると、握ったままだったエリアスの手に目を落とした。
さすが武人だけあって無骨な手だ。剣ダコは硬く、指先はかさかさと荒れている。舐めるように見つめ、エリアスの手を無遠慮に撫でまわした。
完璧だったエリアスの笑みに、ビキッとヒビが入る。
「……内面に興味がある、とおっしゃるわりに、僕の手に少々構いすぎではありませんか?」
「顔ならば普段から充分に堪能させていただいている。が、手はさすがにこんな至近距離から眺めたことは無い。まして触れるなど初めてだ。実に興味深い」
しげしげと眺め、感嘆の息をついた。
完全に腰が引けているエリアスに、マグダレーナはぐいっと詰め寄る。
「実はだな、エリアス様。わたしはあなたの服の下の筋肉も愛でてみたいと常々考えていた。良い機会だ、よければ胸元を少しはだけてはいただけまいか?」
「いいわけねぇだろ! お前痴女かよ!?」
エリアスが勢いよくマグダレーナの手を振り払った。
うん、実に良い。マグダレーナがにやりと口の端を上げる。
「ようやく地を見せてくれたな。それが本当のあなたか? エリアス様」
しまった、と言いたげにエリアスが顔をしかめた。
汚いものを払うように己の手を拭き、先ほどまでとは打って変わった冷たい目をマグダレーナに向ける。
「……そう。これが本当の俺だよ」
ぶすりとして告げた。
「剣術だけしか取りえのない、単なる田舎貴族の三男坊だ。子宝に恵まれなかった親戚の伯爵家に望まれて、俺の意思とは無関係にトントン拍子に話が進んでしまった。そして今は、馬鹿みたいに着飾ってこんな場所に立っている」
マグダレーナはにやにやして話に耳を傾ける。
エリアスを観察し始めて半年あまり。
初めてエリアスが型に嵌まった行動をやめ、貴公子の仮面を脱ぎ捨てている。実に面白い。マグダレーナは笑み崩れた。
「そのきっかけを与えたのが、まさか『壁のマンドラゴラ』たるわたしとはな。理由を聞かせてもらっても構わないか?」
「理由だと? ハッ」
エリアスが失笑する。
憎々しげにマグダレーナを見つめ、肩をすくめた。
「こっちはなぁ、愛想笑いを貼りつけて、したくもない社交に必死なんだよ。それを何だ? お前は毎回毎回俺が移動するたびに後を付いてきて、グフグフグフグフ気持ち悪りぃ笑い声を漏らしやがって」
「ふむ」
「なんっで俺はこんなに苦労してるのに、気味悪がられて遠巻きにされてるお前の方が楽しそうなんだよ! 生き生きしてんだよ! でもな、覚えてろよ。これで今日からお前も当事者だからな!」
エリアスが胸を張って勝ち誇る。
マグダレーナはうっとりして彼を見上げた。顔が良い。声も良い。そして威勢も良い。
「ご令嬢たちの嫉妬はすさまじいと聞くからな。そんなふうに余裕ぶってられるのも今日で最後だぞ。明日からのお前はドレスにワインをかけられて、足を引っかけられて、パイを顔に投げつけられるんだ! どうだ、もう笑ってはいられないだろう!」
「ふむ。嫌がらせの手法が少々古典的過ぎやしないかね?」
「う、うるせぇっ! 学がなくて悪かったな!」
決してそういう意味で言ったのではないのだが。
地団駄を踏んで悔しがるエリアスを、マグダレーナは微笑ましい気持ちで眺めた。実に可愛らしい。
やがて充分に満ち足りると、「それでは失礼」とくるりと踵を返した。
エリアスがぎょっとして目を剥く。
「ちょっ……! まだ俺と話している最中だろう!?」
「残念だが、わたしはあなたと特別な関係になりたいわけでは無い」
きっぱりと告げ、マグダレーナはちらりとエリアスを振り返った。
「わたしはあくまでも『観察者』。あなたを一方的に愛でる有象無象、『その他大勢』の一人で構わないのだ」
エリアスが絶句して立ち尽くす。
呼び止めようとした手が宙に浮いていて、マグダレーナは名残惜しくその手を眺めた。
「今までの仮面を被ったあなたも楽しかったが、本当のあなたはそれ以上に興味深かった。あなたは嫌がるかもしれないが、わたしはとても愛らしくて素敵だと思う」
「……っ」
息を呑むエリアスに、マグダレーナはにっこりと笑いかける。
「率直に言うならば、すごく好きだ」
「……はッ、はあぁッ!?」
奇声を上げるエリアスにひらりと手を振って、マグダレーナは夜会の会場へと戻っていった。
令嬢たちの嫉妬の視線を跳ね返し、心落ち着く壁に背中を預けて『壁のマンドラゴラ』業を再開する。しかしどうにもいけない。心が沸き立ち、観察に集中できそうもない。
「……帰るか」
あっさりあきらめ、夜会の会場を後にした。



