【異世界恋愛*短編集】変わり者の令嬢はハッピーエンドをつかみ取る

 学科試験はもう翌週に迫っているというのに、スタンリーは相変わらず剣術の稽古にばかり明け暮れていた。
 アイゼル侯爵夫妻はさじを投げたのかもう何も言わなかったが、クラウディアは内心とてもハラハラしていた。何度かスタンリーに意見しようとしたものの、スタンリーからはうるさそうな視線を向けられるだけだった。

 スタンリーを心配したまま学科試験に突入し、あっという間に試験最終日を迎えた。

「はあぁ。やっと終わったわね」

 机に頬杖をつき、メイジーが大きくため息をつく。
 試験用紙が回収されるやいなや、メイジーはうきうきとクラウディアのもとへ歩み寄ってきた。他の友人たちも集まってきて、試験が終わった開放感でおしゃべりに花が咲く。

「ねえ皆さん、試験が終わったお祝いにこれからカフェにでも寄って帰らない?」

 メイジーの提案に、友人たちは一も二もなく賛成した。

 クラウディアも笑顔でうなずきかけたが、ふと窓の外に目をやって息を呑む。
 木剣をたずさえたスタンリーとその友人たちが、にぎやかに訓練場の方向に歩いていくのを見つけたのだ。

(……スタンリー様!?)

「どうかして、クラウディア?……あら、スタンリー様たちね。いつも通りの光景じゃない? 騎士物語に憧れた男子たちが、また一生懸命に訓練に励むのでしょう」

 元気よね、とメイジーはのんきに笑うが、クラウディアにとってはそれどころではない。
 「急用を思い出したので」とおろおろとメイジーたちに別れを告げ、スタンリーの後を追うように教室を飛び出した。息を弾ませたクラウディアが訓練場に到着するころには、すでにスタンリーが友人と剣を合わせている最中だった。

(スタンリー様!)

 柵に手をつき、大きく息を吐く。

 本の虫のクラウディアは、運動が大の苦手だ。それに普段は令嬢らしくしとやかに歩いているので、走ること自体めったにない。
 はあはあと荒い呼吸を繰り返していたら、スタンリーの対戦相手がスタンリーの懐に大きく踏み込んだ。

「――くッ!」

「ははっ、残念だったな! ようし、次ッ!」

 スタンリーは軽快な動きで次々と対戦相手を下していく。
 もしや杞憂だったかと、クラウディアが胸をなで下ろしたその瞬間。

 突然スタンリーの長身がぐらりと(かし)いだ。
 友人たちが驚きの声を上げる中、クラウディアの心臓が止まりそうになる。

「――スタンリー様っ!!」


 ◇


 目の前にチカチカと星がまたたいた。

 なんだ?と思ったときにはもう遅く、左右から狭まるように視界が黒く塗りつぶされていった。気を失うその瞬間、世界で一番大切な相手の、泣き出しそうな声が聞こえた気がした――……


「……クラウ、ディア……?」

「はい。ここにおりますよ」

 額にひんやりとした手が当てられる。
 スタンリーはぼんやりしたまま、気持ちよさに目を細めた。

 再びまどろみかけ、不意にスタンリーは我に返る。そうだ。自分は確か――!

「ク、クラウディアッ!? ど、どこだここは!?」

「落ち着いてくださいませ、ここはスタンリー様のお部屋です。すぐに屋敷に使いを出して、迎えの馬車に来てもらったのですよ」

 クラウディアはふわりと笑んで、スタンリーを優しくベッドに押し戻す。
 スタンリーは茫然としたまま再びベッドに横たわり、混乱したようにクラウディアを見上げた。

「俺、は……?」

「連日の寝不足が祟り、倒れられたのです。特に昨夜は試験最終日の前日でしたから、かなりご無理をされたのではありませんか? 徹夜明けに激しい運動をなさるだなんて、もう少しご自分の体をいたわってくださいませ」

 きゅっと唇を噛み締めての苦言に、スタンリーは返す言葉もない。
 クラウディアから目を逸らしかけ、それからぎょっとした。勢いよく身を起こし、猛然と机に駆け寄る。

「スタンリー様!」

「み、見るな! 違うぞこれは、ただここにあるだけで、別に隠れて努力していたわけでは決してなく、ああ違っ!」

 スタンリーは机の前に必死で立ちふさがった。
 けれどクラウディアは構わず歩み寄り、スタンリーの背後から分厚い参考書を取り上げる。

「……たくさん、線が引いてあります。書き込みも、こんなに」

「いや、だからこれはっ」

「ノートもびっしりです。読むだけより、書いて覚える方が効率的ですものね。さすがはスタンリー様です」

 頬を染めて褒めれば、スタンリーは「そ、そうか?」と相好を崩した。しかしすぐに顔を引き締め、それから情けなそうに眉を下げる。

「……知っていたのか?」

「はい。……出会ったその日から、スタンリー様はそれはそれは素直でしたもの」

 クラウディアは愛おしげに参考書を抱き締め、それからこらえかねたように噴き出した。