騎獣舎は、これまで以上にジェラルドにとって心安らげる場所となった。
朝、騎獣舎へと向かうジェラルドの足取りは至極軽い。
「おはようございます、殿下」
「……ふん。おはよう」
ゆるみそうになる顔を引き締め、ジェラルドはエヴェリーナへ無愛想に挨拶を返す。
ライオネルは気持ちよさそうな顔で、エヴェリーナからブラッシングされている最中だった。
「ブラッシングが終わったら、俺とライオネルは軽く上空を見回ってくる」
朝の飛行にエヴェリーナを同行させるのは、天候の良い日を選んで週に一度といったところだ。毎朝だとありがたみがなくなりそうだし、ジェラルドの心臓が保たない気がするからだ。
エヴェリーナは特に不満そうな様子もなく、心得たように頷いた。「もう少しで終わります」と真剣にブラシを動かす。
(いつもながら丁寧な仕事でよいな)
心の中でつぶやいた褒め言葉は、実際にジェラルドの口から出たことはない。どんな顔をして伝えればいいかわからないからだ。
「ライオネル様、今日の毛並みもつやつやでございますね。好き。好きすぎます」
(エヴェリーナの髪だって美し……いや、まあライオネルには負けるがなっ!?)
ジェラルドはぶんぶん首を振り、己の思考を追い払った。
そんな不審な行動をしていても、今日もエヴェリーナは少しも気づかない。彼女が見ているのはいつだってライオネルだけなのだ。
ジェラルドにはそれが不満で、ふう……と聞こえよがしにため息をついてみる。なんて悩ましげなのかしら、と数多の女たちを虜にしてきた吐息である。
『へきちっ』
「まあ! ライオネル様のくしゃみは何と可愛らしいのでしょうっ」
「…………」
ライオネルのくしゃみに負けた。
ブラッシングで飛んだ毛が、ライオネルの鼻をくすぐったらしい。エヴェリーナはくすくす笑いながら、ライオネルの鼻を優しく拭いてやる。
「……さ、終わりましたわ。あら? どうかされましたか、ジェラルド殿下?」
「いや……行ってくる」
ライオネルを連れてすごすごと騎獣舎から出かけて、ジェラルドはすぐに足を止めた。
エヴェリーナに言わねばならないことがあるのを思い出したのだ。
「エヴェリーナ嬢。来月の城の舞踏会にはむろん出席するのだろう?」
「え? いいえ、出ませんけれど」
「えっ!?」
ジェラルドは目を剥いた。
何ということだ。王である兄から「お前もたまには令嬢をダンスに誘え」と毎回叱られることに辟易し、けれども今回はエヴェリーナがいるじゃないか、と己を奮起させたというのに。
(肝心のエヴェリーナがいない、だと……!?)
エヴェリーナが困ったように微笑する。
「わたくしが出席すれば、弟がわたくしをエスコートせねばならなくなるでしょう? 舞踏会は出会いの場。行き遅れの姉が側にいては、弟の邪魔になりますもの」
「なっならば、この俺がエスコートしよう!」
考える間もなくジェラルドは叫んだ。
己の発言に驚き、顔が一気に熱くなる。
それでも、引くことはできない。
エヴェリーナの手を取って、ジェラルドはその瞳をじっと覗き込む。エヴェリーナの目が泳いだ。
「それは……わたくしは、殿下にご迷惑をおかけするのも嫌なので……」
「迷惑などではない!」
「……駄目なのです。どうぞ、わかってくださいませ」
エヴェリーナは静かな口調ながら、きっぱりと拒絶した。ジェラルドは絶句する。
初めてこれほどまでに他者を求めたのに、受け入れてもらえなかった。
絶望感を味わうジェラルドの背後で、ライオネルが低く唸った。ジェラルドははっと目を見開く。
(……そうだ!)
「――エヴェリーナ嬢! じっ実は、当日はライオネルも連れて行く予定なのだ! 舞踏会仕様で見栄え良く着飾ってやるつもりで」
「行きます」
エヴェリーナは食い気味に身を乗り出し、すぐさま前言を翻した。
朝、騎獣舎へと向かうジェラルドの足取りは至極軽い。
「おはようございます、殿下」
「……ふん。おはよう」
ゆるみそうになる顔を引き締め、ジェラルドはエヴェリーナへ無愛想に挨拶を返す。
ライオネルは気持ちよさそうな顔で、エヴェリーナからブラッシングされている最中だった。
「ブラッシングが終わったら、俺とライオネルは軽く上空を見回ってくる」
朝の飛行にエヴェリーナを同行させるのは、天候の良い日を選んで週に一度といったところだ。毎朝だとありがたみがなくなりそうだし、ジェラルドの心臓が保たない気がするからだ。
エヴェリーナは特に不満そうな様子もなく、心得たように頷いた。「もう少しで終わります」と真剣にブラシを動かす。
(いつもながら丁寧な仕事でよいな)
心の中でつぶやいた褒め言葉は、実際にジェラルドの口から出たことはない。どんな顔をして伝えればいいかわからないからだ。
「ライオネル様、今日の毛並みもつやつやでございますね。好き。好きすぎます」
(エヴェリーナの髪だって美し……いや、まあライオネルには負けるがなっ!?)
ジェラルドはぶんぶん首を振り、己の思考を追い払った。
そんな不審な行動をしていても、今日もエヴェリーナは少しも気づかない。彼女が見ているのはいつだってライオネルだけなのだ。
ジェラルドにはそれが不満で、ふう……と聞こえよがしにため息をついてみる。なんて悩ましげなのかしら、と数多の女たちを虜にしてきた吐息である。
『へきちっ』
「まあ! ライオネル様のくしゃみは何と可愛らしいのでしょうっ」
「…………」
ライオネルのくしゃみに負けた。
ブラッシングで飛んだ毛が、ライオネルの鼻をくすぐったらしい。エヴェリーナはくすくす笑いながら、ライオネルの鼻を優しく拭いてやる。
「……さ、終わりましたわ。あら? どうかされましたか、ジェラルド殿下?」
「いや……行ってくる」
ライオネルを連れてすごすごと騎獣舎から出かけて、ジェラルドはすぐに足を止めた。
エヴェリーナに言わねばならないことがあるのを思い出したのだ。
「エヴェリーナ嬢。来月の城の舞踏会にはむろん出席するのだろう?」
「え? いいえ、出ませんけれど」
「えっ!?」
ジェラルドは目を剥いた。
何ということだ。王である兄から「お前もたまには令嬢をダンスに誘え」と毎回叱られることに辟易し、けれども今回はエヴェリーナがいるじゃないか、と己を奮起させたというのに。
(肝心のエヴェリーナがいない、だと……!?)
エヴェリーナが困ったように微笑する。
「わたくしが出席すれば、弟がわたくしをエスコートせねばならなくなるでしょう? 舞踏会は出会いの場。行き遅れの姉が側にいては、弟の邪魔になりますもの」
「なっならば、この俺がエスコートしよう!」
考える間もなくジェラルドは叫んだ。
己の発言に驚き、顔が一気に熱くなる。
それでも、引くことはできない。
エヴェリーナの手を取って、ジェラルドはその瞳をじっと覗き込む。エヴェリーナの目が泳いだ。
「それは……わたくしは、殿下にご迷惑をおかけするのも嫌なので……」
「迷惑などではない!」
「……駄目なのです。どうぞ、わかってくださいませ」
エヴェリーナは静かな口調ながら、きっぱりと拒絶した。ジェラルドは絶句する。
初めてこれほどまでに他者を求めたのに、受け入れてもらえなかった。
絶望感を味わうジェラルドの背後で、ライオネルが低く唸った。ジェラルドははっと目を見開く。
(……そうだ!)
「――エヴェリーナ嬢! じっ実は、当日はライオネルも連れて行く予定なのだ! 舞踏会仕様で見栄え良く着飾ってやるつもりで」
「行きます」
エヴェリーナは食い気味に身を乗り出し、すぐさま前言を翻した。



