それからは有言実行、シャノンはランベルトにも時間を割くようになった。
シャノンは有能でよく気がつき、ランベルトの執務も手助けしてくれる。ランベルトは内心ではシャノンに感謝していたが、なかなか素直に伝えられずにいた。
夕食を終え、今夜もランベルトは私室で残りの書類仕事を、そしてシャノンは適度にそれを手伝いつつ毒りんご作りに精を出していた。
「……そういえば」
いつものごとく毒りんごを熱く見つめるシャノンを眺め、ランベルトはふと手を止める。
「お前の異能で、新しい種類の毒りんごを作ることはできるのか? そのう、例えば……素直になれる毒りんご、とか?」
ランベルトの問いに、シャノンはすべすべした眉間にしわを寄せて考え込んだ。
実はシャノンは、これまで毒の効果ありきで毒りんごを作り出したことはない。シャノンがいつも熱心に祈るのは、ただ綺麗な赤が見たいという一点のみ。
「俺にはどれも同じ赤に見えるが、同じ色をした毒りんごには同じ効能があるのか?」
「その通りです。ですから施療院が『眠りんご』を必要とされていれば、わたくしは朱色になるよう念じて毒りんごを作り出すわけです」
そうか、とランベルトはがっかりしたように相槌を打った。やはり薬頼みというのは情けないし、これでよかったのかも、とも思う。
が、なぜかシャノンが妖しく目を光らせて立ち上がる。
「これは、今までとは別のやり方を試してみる時が来たのかもしれませんね。お任せくださいませ、今すぐ作り出してみせましょう。色は……、そうですね」
シャノンは一気にランベルトとの距離を詰めると、彼の紅の瞳を覗き込んだ。ランベルトがぎょっとしてのけ反る。
「ちっ近い近い近いっ!!」
「……ランベルト陛下の、素敵な毒りんご色」
ぽっと可憐に頬を染め、シャノンは両手でりんごを抱き締めた。
いつも毒りんごを愛でるように、ランベルトの瞳に甘い眼差しを向ける。ランベルトの心拍数が急激に上がり、思わずふらふらとシャノンの華奢な肩に手を伸ばした。
「完成です!」
「早ッ!」
そうだった。
毒りんごは、三秒もあればできるのだった……。
己の手の甲をつねり、ランベルトは何事もなかったかのように「で、どうだ」と尋ねた。
シャノンはランベルトの瞳と同じ色のりんごを見つめ、優しく撫でる。
「成功です。作り手たるわたくしには、毒りんごの効能が食べずともわかるのです。この毒りんごは……、そうですね」
無表情のまま、シャノンは毒りんごを高々と掲げた。
「隠していた秘密をうっかり洗いざらい暴露してしまう――その名も『秘めし本音をしゃべりんご』!」
「自白剤じゃねーか!」
頭を抱えるランベルトを横目に、シャノンはできたばかりの毒りんごに唇を寄せる。
慌ててランベルトが彼女を止めた。
「なぜお前が食べようとする!?」
「え? だって、わたくし自分の本音が知りたいのですもの」
シャノンが目を丸くして答える。
「わたくし、毒りんご製造担当としてずっと王城に住みたいと考えておりました。ですが最近、ランベルト陛下とエディ殿下と過ごす毎日が楽しくて、お二人といついつまでも一緒にいたいと願うようになりました」
「……っ」
「でも、それは不可能でしょう? わたくしはあくまで側室候補、本物の妻にはなれません。いつか……ランベルト陛下は王位を退き、幸せなご家庭を築かれるのでしょう。そう考えると……なぜかわたくしの胸が、じくじくと痛んで……」
シャノンがつらそうに無表情をゆがめた。
言葉通り自身の胸を押さえる彼女に、ランベルトの頭に一気に血が上る。衝動のまま、毒りんごを持つ彼女の手を包み込んだ。
「なっ、ならば一緒に食べよう!」
うわずった声で告げ、ランベルトはシャノンから逃げるように毒りんごに視線を落とす。
「お、俺もお前も、己の本心を知るべきだ……と、思う」
「本心……。はい。陛下のおっしゃる通りですね」
シャノンは決然と頷くと、やんわりとランベルトの手を離した。目を閉じて、小さな口でそっと毒りんごをかじり取る。
「…………」
今度はランベルトが反対側にかぶりついた。
乱暴に咀嚼して飲み込むと、碧の目を潤ませるシャノンにしっかりと向き合った。
体が熱い。
やっと――やっと今の自分の望みが、わかった気がする。
「シャノン」
ランベルトはもう一度シャノンの手を取った。シャノンの手も同じぐらいに熱い。
「俺はあくまで中継ぎの王だ。正室を持つ気はない」
「……はい」
「だから、今は側室で構わないだろうか?」
唇を噛み締めるシャノンに、ランベルトがゆっくりと告げた。
シャノンははっとして顔を上げる。
「約束する。王である間は側室はお前一人しか持たないと。そして王位を退いた暁には……どうか、正式に俺の妻となってほしい」
「ランベルト陛下……!」
シャノンは感極まってランベルトの胸に飛び込んだ。頬を寄せ、嬉しいです、と涙交じりの声で言う。
「末永く共に、可愛い毒りんごたちの布教に励みましょうね?」
「末永く共にはいるが、布教はせんからな」
照れ隠しにぶっきらぼうに却下して、ランベルトは安堵の息を吐く。
顔を上げたシャノンと見つめ合い、くすくすと(シャノンはニィィと)笑い合う。そうして、もう一度しっかりと抱き合った。
◇
後日。
「なっ何ぃぃぃっ、それは本当かっ!?」
ランベルトの悲鳴が執務室に響き渡った。
シャノンはそんな彼を無表情に、シャノンにくっついて来たエディはおかしそうに眺める。
「はい、陛下。この『秘めし本音をしゃべりんご』を施療院に渡して実験をお願いしたところ、用量が判明いたしました。まるまる一個完食せねば効果なし、とのご回答でした」
「だっ、だが俺たちは確かに!」
「ふっくく、叔父上。それはいわゆる『思い込み』というやつですよ」
エディが薄笑いを浮かべて指摘した。
ランベルトは愕然として目を見開き、シャノンは「なるほど」と素直に手を打つ。
「まあ、よろしいではありませんか陛下。お陰で今、わたくしは人生で一番幸せなのですから」
「そうですよ叔父上。お二人が正式に一緒になれるよう、僕も一日も早く独り立ちしてみせますねっ」
ニィィ……と同じ顔でシャノンとエディが息ぴったりに笑う。
ランベルトは恥ずかしいやらバツが悪いやら嬉しいやらで、むっつりと頷くだけで精いっぱいだった。
それからエディは宣言通り、立派に成長して王位を継ぐことになる。
腹に一物ありそうな笑いはエディの武器となり、「心を見透かされている気がする」「若いからといって侮れない」と他国からも一目置かれる王となった。
ランベルトは医師に戻り、さらに種類を増やし続ける毒りんごを用いて患者を救った。その隣にはいつも、悪人面で笑う美しい妻の姿があったという。
――何にせよ、それはまだもう少し先の話である。
<おしまい>
シャノンは有能でよく気がつき、ランベルトの執務も手助けしてくれる。ランベルトは内心ではシャノンに感謝していたが、なかなか素直に伝えられずにいた。
夕食を終え、今夜もランベルトは私室で残りの書類仕事を、そしてシャノンは適度にそれを手伝いつつ毒りんご作りに精を出していた。
「……そういえば」
いつものごとく毒りんごを熱く見つめるシャノンを眺め、ランベルトはふと手を止める。
「お前の異能で、新しい種類の毒りんごを作ることはできるのか? そのう、例えば……素直になれる毒りんご、とか?」
ランベルトの問いに、シャノンはすべすべした眉間にしわを寄せて考え込んだ。
実はシャノンは、これまで毒の効果ありきで毒りんごを作り出したことはない。シャノンがいつも熱心に祈るのは、ただ綺麗な赤が見たいという一点のみ。
「俺にはどれも同じ赤に見えるが、同じ色をした毒りんごには同じ効能があるのか?」
「その通りです。ですから施療院が『眠りんご』を必要とされていれば、わたくしは朱色になるよう念じて毒りんごを作り出すわけです」
そうか、とランベルトはがっかりしたように相槌を打った。やはり薬頼みというのは情けないし、これでよかったのかも、とも思う。
が、なぜかシャノンが妖しく目を光らせて立ち上がる。
「これは、今までとは別のやり方を試してみる時が来たのかもしれませんね。お任せくださいませ、今すぐ作り出してみせましょう。色は……、そうですね」
シャノンは一気にランベルトとの距離を詰めると、彼の紅の瞳を覗き込んだ。ランベルトがぎょっとしてのけ反る。
「ちっ近い近い近いっ!!」
「……ランベルト陛下の、素敵な毒りんご色」
ぽっと可憐に頬を染め、シャノンは両手でりんごを抱き締めた。
いつも毒りんごを愛でるように、ランベルトの瞳に甘い眼差しを向ける。ランベルトの心拍数が急激に上がり、思わずふらふらとシャノンの華奢な肩に手を伸ばした。
「完成です!」
「早ッ!」
そうだった。
毒りんごは、三秒もあればできるのだった……。
己の手の甲をつねり、ランベルトは何事もなかったかのように「で、どうだ」と尋ねた。
シャノンはランベルトの瞳と同じ色のりんごを見つめ、優しく撫でる。
「成功です。作り手たるわたくしには、毒りんごの効能が食べずともわかるのです。この毒りんごは……、そうですね」
無表情のまま、シャノンは毒りんごを高々と掲げた。
「隠していた秘密をうっかり洗いざらい暴露してしまう――その名も『秘めし本音をしゃべりんご』!」
「自白剤じゃねーか!」
頭を抱えるランベルトを横目に、シャノンはできたばかりの毒りんごに唇を寄せる。
慌ててランベルトが彼女を止めた。
「なぜお前が食べようとする!?」
「え? だって、わたくし自分の本音が知りたいのですもの」
シャノンが目を丸くして答える。
「わたくし、毒りんご製造担当としてずっと王城に住みたいと考えておりました。ですが最近、ランベルト陛下とエディ殿下と過ごす毎日が楽しくて、お二人といついつまでも一緒にいたいと願うようになりました」
「……っ」
「でも、それは不可能でしょう? わたくしはあくまで側室候補、本物の妻にはなれません。いつか……ランベルト陛下は王位を退き、幸せなご家庭を築かれるのでしょう。そう考えると……なぜかわたくしの胸が、じくじくと痛んで……」
シャノンがつらそうに無表情をゆがめた。
言葉通り自身の胸を押さえる彼女に、ランベルトの頭に一気に血が上る。衝動のまま、毒りんごを持つ彼女の手を包み込んだ。
「なっ、ならば一緒に食べよう!」
うわずった声で告げ、ランベルトはシャノンから逃げるように毒りんごに視線を落とす。
「お、俺もお前も、己の本心を知るべきだ……と、思う」
「本心……。はい。陛下のおっしゃる通りですね」
シャノンは決然と頷くと、やんわりとランベルトの手を離した。目を閉じて、小さな口でそっと毒りんごをかじり取る。
「…………」
今度はランベルトが反対側にかぶりついた。
乱暴に咀嚼して飲み込むと、碧の目を潤ませるシャノンにしっかりと向き合った。
体が熱い。
やっと――やっと今の自分の望みが、わかった気がする。
「シャノン」
ランベルトはもう一度シャノンの手を取った。シャノンの手も同じぐらいに熱い。
「俺はあくまで中継ぎの王だ。正室を持つ気はない」
「……はい」
「だから、今は側室で構わないだろうか?」
唇を噛み締めるシャノンに、ランベルトがゆっくりと告げた。
シャノンははっとして顔を上げる。
「約束する。王である間は側室はお前一人しか持たないと。そして王位を退いた暁には……どうか、正式に俺の妻となってほしい」
「ランベルト陛下……!」
シャノンは感極まってランベルトの胸に飛び込んだ。頬を寄せ、嬉しいです、と涙交じりの声で言う。
「末永く共に、可愛い毒りんごたちの布教に励みましょうね?」
「末永く共にはいるが、布教はせんからな」
照れ隠しにぶっきらぼうに却下して、ランベルトは安堵の息を吐く。
顔を上げたシャノンと見つめ合い、くすくすと(シャノンはニィィと)笑い合う。そうして、もう一度しっかりと抱き合った。
◇
後日。
「なっ何ぃぃぃっ、それは本当かっ!?」
ランベルトの悲鳴が執務室に響き渡った。
シャノンはそんな彼を無表情に、シャノンにくっついて来たエディはおかしそうに眺める。
「はい、陛下。この『秘めし本音をしゃべりんご』を施療院に渡して実験をお願いしたところ、用量が判明いたしました。まるまる一個完食せねば効果なし、とのご回答でした」
「だっ、だが俺たちは確かに!」
「ふっくく、叔父上。それはいわゆる『思い込み』というやつですよ」
エディが薄笑いを浮かべて指摘した。
ランベルトは愕然として目を見開き、シャノンは「なるほど」と素直に手を打つ。
「まあ、よろしいではありませんか陛下。お陰で今、わたくしは人生で一番幸せなのですから」
「そうですよ叔父上。お二人が正式に一緒になれるよう、僕も一日も早く独り立ちしてみせますねっ」
ニィィ……と同じ顔でシャノンとエディが息ぴったりに笑う。
ランベルトは恥ずかしいやらバツが悪いやら嬉しいやらで、むっつりと頷くだけで精いっぱいだった。
それからエディは宣言通り、立派に成長して王位を継ぐことになる。
腹に一物ありそうな笑いはエディの武器となり、「心を見透かされている気がする」「若いからといって侮れない」と他国からも一目置かれる王となった。
ランベルトは医師に戻り、さらに種類を増やし続ける毒りんごを用いて患者を救った。その隣にはいつも、悪人面で笑う美しい妻の姿があったという。
――何にせよ、それはまだもう少し先の話である。
<おしまい>



