【異世界恋愛*短編集】変わり者の令嬢はハッピーエンドをつかみ取る

 マグダレーナは今日も一人だった。
 王侯貴族の(つど)うきらびやかな夜会にて、いつものごとく壁を背に気配を消していた。

 ひっそりとたたずむマグダレーナに気づくことなく、豪奢なドレスに身を包んだ令嬢たちが熱心にささやき合う。

「エリアス様がいらしたわ!」
「ねえ、誰から行く?」
「抜け駆けは禁止よ。行くのならみんな一緒によ!」

 彼女たちは互いに牽制しながら、一目散に(けれども表面上はしとやかに)一人の青年のもとを目指していく。
 ドレスのフリルが揺れ、宝石のアクセサリーがシャンデリアの光を弾いて美しく輝いた。マグダレーナは恍惚の表情でそれを見物する。

「ごきげんよう、エリアス様っ」
「今日も素敵ですのね」
「わたくしたちとお話なさいませんこと?」

 エリアス、と呼ばれた青年が控えめな微笑を浮かべて振り返る。令嬢たちがきゃあっと華やいだ声を上げた。

 色味の薄いやわらかそうな金髪に、エメラルドグリーンの透き通るように美しい瞳。
 青年は一見すると儚げなのに、礼服の下の体は鍛え上げられていると有名だった。何せ武の一族であるダウエル伯爵家に、剣術の才を見出され養子に迎え入れられたほどの逸材なのだ。

「グッフフフフフ……」

 マグダレーナの前を通過した給仕役の使用人が、ギクリと肩を跳ねさせた。マグダレーナを薄気味悪そうに眺め、逃げるように去っていった。
 修行が足らない。この程度のことで動揺を見せるようでは、貴族の使用人に向いているとはとても言えないだろう。マグダレーナはしたり顔で頷いた。

「……ありがたいお誘いなれど、生憎わたしは無骨者ですので。これほどお美しいご令嬢方を前にして、気の利いた言葉ひとつ言えやしません」

 遠慮がちに断るエリアスに、令嬢たちは俄然闘志をかき立てられたようだった。
 完璧に整った容姿、武術の達人、そしてそれを鼻にかけない高潔な人柄。養子といえど家督を約束された伯爵家嫡男。

 ――間違いない。優良物件である。

「グッフフフフフ……」

 壁に張りついたマグダレーナが、壁に張りついたまま横滑りに移動する。エリアスの姿を正面から眺められる、個人的最高の位置(ベスト・ポジション)で徘徊を止めた。

「ねえエリアス様、そろそろ伯爵家にも馴染まれた頃合いでしょう?」
「そうですわよ。後継者としてのご準備も始めるべきではございませんこと?」
「そうそう、たとえば婚約者をお決めになられたりとか」

 少々あからさまではあるものの、攻めの姿勢自体は素晴らしい。
 マグダレーナはにんまりと笑みを浮かべた。さてさて、これではさすがの彼も逃げられまい。

 逸る気持ちを抑えて見守っていたら、エリアスは困ったような笑みを浮かべた。

「婚約者、ですか……。実は養父(ちち)義母(はは)からも、意中の相手がいるのなら早めに申し込めとせっつかれておりまして……」

「んまぁあっ!」

 まるで「意中の相手」が己のことであるかのように、令嬢たちは目を血走らせた。
 互いを押しのけ合いながら、我先にとエリアスに群がっていく。

(おお。エリアス様に意中の相手だと……!?)

 いるわけがない。
 マグダレーナは即座に心の中できっぱりと否定した。

 何せマグダレーナは筋金入りのエリアス観察者(マニア)
 一見すると非の打ち所のない完璧な彼であるが、実は高くそびえ立つ壁で常に己を覆い隠している。人当たりの良い笑顔でごまかして、決して他人に本心を覗かせることはない。

 本当は小うるさいご令嬢たちを追い払いたいくせに、伯爵家養子という立場が邪魔をして無下(むげ)にもできない。夜会に出席するたび、エリアスは毎回多種多様なご令嬢たちから擦り寄られている。
 ああもう、うんざりだ。最近の彼の笑顔からは、そんな感情がありありと透けて見える。

(あの爽やかな笑顔、そしてそれに反して全くもって笑っていない冷たい目。最高だ……!)

「グフッ、グッフフフフフ……!」

 喜びを抑えきれず、マグダレーナがひときわ高い笑い声を上げたその瞬間。
 エリアスが弾かれたようにマグダレーナを見つめる。


 ――バチッ


 音がしそうなほどはっきりと二人の視線が絡み合った。
 けれどマグダレーナは慌てず騒がず、ハンカチで顔を隠して再び壁を横滑りする。美しいエリアスの視界に入ることなど、マグダレーナは別に望んではいないのだ。

(壁のマンドラゴラは、壁のマンドラゴラらしく……だな)

 『壁の花』ならぬ『壁のマンドラゴラ』。
 それは社交界でのマグダレーナの通り名だった。

 マグダレーナは由緒あるブラッドリー伯爵家の令嬢にして、唯一の趣味が人間観察という変人だった。
 華奢な体に抜けるように白い肌、灰色にくすんだ地味な髪色。ドレスもまた容姿に合わせて淡い色のものを好んで身につける。

 華やかさの欠片もなく目立たないのをいいことに、マグダレーナは夜会ではいつも壁の花に徹していた。
 欲望に愛憎、嫉妬のうずまく社交界はマグダレーナにとっては最高の狩場。いつも壁を這うように移動しては、誰に気づかれることなく趣味に勤しんでいた。

 ……などと信じていたのは、当のマグダレーナばかりで。

 誰もいないと思っていた背後の壁から、突然奇っ怪な笑い声が響いてくる恐怖。ぎょっとして振り返ればいつもそこには、にやにやと笑み崩れる気味の悪い令嬢の姿があった。
 夜会の参加者たちは戦々恐々と噂した。あれは『壁の花』なんて上等なもんじゃない、『壁のマンドラゴラ』である、と。

 初めにそう言い出したのは誰だったろう。
 それはわからないが、二つ名は今ではもうすっかり社交界に定着してしまった。

 しかしマグダレーナは気にしない。
 壁のマンドラゴラ、なかなかどうして結構じゃないか。マグダレーナとマンドラゴラ、どちらもマから始まって語感が良い。

(さて、もう充分か)

 壁伝いにかなり移動したはずだ。
 マグダレーナは逃げるのを止め、広げたハンカチを顔からはずす。

「――こんばんは。ブラッドリー伯爵令嬢」

「ん゛ん゛ッ!?」

 おっさんの咳払いみたいな声が出た。