Bitter Peach─この想いを、恋と呼べないまま─

「田﨑店長ー、今度の休み、みんなでボーリングしようって話あるんですけど、どうですか?」
「あ──悪い、パス」
「なんでですか? 用事ですか?」
「まぁな」
「あっ、もしかして、デートですか?」
「違う」
 店に定休日はないけれど、建物に設備の点検が入るようでその日は全員が休みになっていた。だから従業員たちはボーリングに行こうとしているらしいけれど、輝生は断った。
 恋人はいないので、デートはあり得ない。
 輝生は今回の異動が決まってから、一つの決意をしていた。どうしても知りたいことがあって、そのこたえが大阪にあるとは既に分かっていた。それを知るために輝生は休みの度に車で出かけていた。だから異動になったのは、運が良かった。
 ただそれがどこにあるのかは、全く分からなかった。いくつか予想をたてて行ってはみたものの、正解には辿り着かなかった。こたえを見つけるまで、輝生は探し続けるつもりだった。六月になって始めたのは、環境にようやく慣れてきたからだ。
「違うんかぁ……。でも良いですよねぇ、家に若い子おるし」
「……ただの同居人だけどな」
「そんなこと言って、ほんまは気になってんじゃないんですかぁ?」
「バカなこと言うな」
「柚月ちゃんは、店長のこと好きかもしれませんよ? 俺ら断られてるし」
「それは単純に、外見が好みじゃなかっただけだと思うけどな」
「……店長に勝てる奴なんか、そうそういませんって」
 柚月はやはり輝生の同僚たちに興味はないらしい、とはすぐに話していた。既に合コンに行くのはやめていて会社で相手を探すつもりもないらしいけれど、見ている限り、恋人ができそうな気配は全くない。
 輝生が休日に出かけていることを、柚月は不思議そうにしていた。行く度に違う場所で、意味がわからないとは思う。けれど輝生は柚月に、詳しい事情を話すつもりはなかった。だから柚月に聞かれても、関係ない、と冷たく突き放した。
 柚月の様子がおかしくなったのは、その頃からだった。初めの頃から輝生のほうはあまり見ていなかったけれど、余計に目線が合わない気がしていた。話しかけるときちんと返事はしてくれるけれど、やはり視線は輝生のほうではなかった。
「柚月、どうかしたのか? 最近おかしいぞ」
「え? 別に、何もないです」
 そう言う柚月の目は明らかに泳いでいたし、ほんの少しだけ声も震えていた。こっそり遠くから様子を伺うと、ため息をついたり、考え事をしているような表情のときが増えた。けれど輝生の前ではいつも通りのふりをしていて、何も話してくれなかった。
 可能性として、柚月は輝生のことが好きなのか、と思ってみたけれど、それもあまりピンと来なかった。柚月の近くに行ってみても特に何も変わらなかったし、むしろ輝生が柚月を〝若い女性〟として見てしまいそうで逆に輝生が緊張してしまった。輝生は柚月に恋愛感情はなかったし、そうするつもりもなかった。それよりも輝生には、どうしても確かめたいことがあった。
 輝生がお風呂上がりに上半身裸でリビングに行くのは、本当に単純に暑いからだ。服を着るように柚月は何度も言うけれど、男の裸は見慣れているはずだ。それでも柚月が嫌な思いをするのは避けたかったので、輝生は暑いのを我慢して服を着ていた。
「ただい──」
「帰ったのか。どうした?」
 柚月が友人たちと飲み会に行った夜、柚月は帰宅して玄関を開けると、ドアを閉めながらはっきりと輝生から視線を外した。
「田﨑さん……服……」
 家に柚月が居なかったのを理由に、入浴後に輝生は上半身裸で過ごしていた。
「あ──悪い」
 輝生はソファに置いていた服を掴み、急いで着た。
 リビングに入ってきた柚月は、ほんのり顔が紅くなっていた。お酒のせいなのかと思ったけれど、柚月が酔って顔が紅くなったのを見たことはない。それなら柚月はもしかすると、単純に輝生の姿を見て紅くなっていたのだろうか。
「柚月、大丈夫か?」
 心配しているように聞いてはいるけれど、心に浮かんでいるのは一つの仮説だ。
「ふぇ? ……なんか、頭痛い」
「飲みすぎか? ほら、これ頭痛薬」
「ありがとう……」
 柚月が今までより可愛く見えたのは、気のせいだろうか。薬を受け取る柚月の手が震えていたのは、何だったのだろうか。
 柚月が薬を押し出している間に水をグラスに入れて、それを渡すときに少しだけ柚月の指が触れた。柚月は黙って持ち直したけれど、明らかに表情は動揺していた。
「今日はもう寝ろ。明日もちゃんと起きろよ」
「はぁい」
 酔っているのか、眠くなっているのか、階段を上る柚月の足取りはいつもより遅かった。踏み外して落ちてこないかと心配したけれど、柚月は無事に二階に到着して部屋に入ったらしい。
 輝生が立てた仮説は、当たっているのかもしれない。職場の同僚たちが言うのは特に気にしていなかったけれど、それが本当だとするとすべてのことに納得がいった。
 ──同僚たちが言うように柚月は、輝生のことが好きなのかもしれない。
 初めは直幹がいたのもあって本当に興味はなかったけれど、フラれてから柚月の中で何かが変わったのだろうか。
 合コンで遊び相手に選ばれたショックを輝生に話し、仲良くなった相手にもルームシェアが原因でブロックされた、と落ち込んでいた。輝生の同僚を恋人候補にしなかったのも、無意識に〝輝生のほうが良い〟と選んでいたのかもしれない。
 柚月に好かれていることは悪くないし、単純に嬉しかったけれど、輝生は柚月と付き合うつもりはなかったし、恋人候補として見たこともなかった。無益な付き合いはしない、と柚月には最初に話してあったし、輝生の態度から〝輝生は柚月に興味がない〟と分かってくれているはずだった。
 だから柚月が気持ちを押さえようと平静を装っているのは気付かないふりをしていたし、家の中での行動も何も変えなかった。いつものように何事もなく過ごし、どちらかの仕事やプライベートの事情でルームシェアを解消するつもりだった。
 輝生は今はとにかく、柚月を恋人にするわけにはいかなかった。