Bitter Peach

 柚月はときどき、直幹から蜜柑の話を聞いたり、写真を見せてもらったりした。猫は苦手、とは話したので、まだ直接は見に行っていない。

「子猫は可愛いから好きなんやけどなぁ」
「それ。柚月も子猫みたいやってん」
「……小さいから?」
 少しだけ頬を膨らませて聞くと、直幹は慌てて謝った。
「いや、そういうことじゃなくて、確かに、小柄やなぁとは思ったけど、目クリクリしてて可愛いから……」
 可愛いと言われると、嫌な気はしない。
「バイトもちゃんと話聞いてくれるし、ゆっくりやけど丁寧に接客してるし、そのへんも見てて、好きになった」
「……良かった」

 教育をしてくれていた直幹にはせめて、成長していると認めてもらいたかった。もうすぐ直幹は就職活動のために辞めてしまうので、それまでに一人立ちできて良かったと思う。

「柚月は? 俺、どうやった?」
「直幹は……バイトする前から見てたんやけど」
「マジで?」
「良い接客するなぁーって思ってて、リーダーって聞いて納得してた。仕事できるし、背も高いし、格好良い」
 柚月が直幹を見つめながら言うと、直幹は照れて目を反らしてしまった。
「えっ……、私、なんか変なこと言った?」
「いや……俺……、二年くらい彼女おらんかったから、格好良いって言われて、嬉しかった」

 直幹は柚月より年上だったけれど、ものすごく純粋で、ものすごく優しかった。何をするにも柚月を優先してくれたし、柚月が嫌がることは絶対にしなかった。何かの記念品には、必ずプレゼントをくれた。
 だからよくある〝三ヶ月の倦怠期〟が訪れることはなく、順調に交際を続けることができた。いつの間にかキスもするようになったし、一年が経った頃にホテルにも誘われた。柚月はもちろん、直幹もきっと初めてだったけれど、直幹は柚月の不安を消すように優しくしてくれた。デートのすべてに刺激がないので物足りなさは感じていたけれど、彼と長く付き合っていくことに、何の迷いもなかった。


 直幹は大手企業に就職が決まった。
「おめでとう!」
「ありがとう。でも、引っ越すことになってさ……。蜜柑、どうしようかな」
 柚月は少しずつ蜜柑に触れる機会を増やし、ようやく遊べるようになった頃だった。直幹はペット可のマンションに住んでいたけれど、引っ越し先はペット不可の社員寮らしい。
「柚月のとこは、あかんのよな?」
「うん……」
 仕方なく蜜柑は直幹の実家で飼うことになり、直幹が引っ越すより先に引き取られていった。
「なんか、寂しいな……」
「蜜柑がいなかったら、直幹と付き合ってなかったかな」
「……いや、それはない。柚月がバイトに来たときから、決めてたから」

 直幹に抱き締められて、無意識に目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、蜜柑を見つけたときのことだ。直幹が〝連れて帰る〟と言うまで、時間はかからなかった。そんなところも、直幹に惹かれた理由のひとつだ。
「柚月も、来年か? 就活。頑張れよ」
「うん。直幹も、仕事頑張って」
「月に一回は帰ってくるから、デートしような」


 直幹と付き合うようになって、三年が経った。柚月も就職活動を始めたので会える日は減ってしまったけれど、関係は良好なままなので友人たちに羨ましがられていた。
「良いなぁ。イケメンなんやろ?」
「うん。でも、あんまり会われへんからなぁ……」
「良いやん、月に一回会えてるし、連絡もあるんやろ?」
「あるけどさぁ、会いたいやん?」

 社会人になって余裕がでてきたのか、直幹は今まで以上に柚月をリードしてくれるようになった。社会経験も増えて、ものすごく頼れる大人に見えた。デート中はもちろん優しいし、就職活動の相談にも乗ってくれた。
 柚月が彼に不満を感じることが一度もなくて、運命の相手だと思うようになった。会えない期間がものすごく寂しいと感じるようになってしまった。

「柚月、就職したらさぁ、一人暮らし?」
「うーん……そうかなぁ?」
「一人暮らし一択やろ? 彼氏呼べるやん?」
 柚月はそうしたいし、両親も直幹のことを知っているけれど。どうせなら同棲してそのまま結婚したいけれど、直幹にはまだその気はないらしいし、柚月も仕事を優先に考えてしまう。

 その後、柚月は無事に就職が決まり、通える距離ではあったけれど実家を出ることになった。時間を気にせず直幹と会えるようになったので嬉しかったし、直幹も喜んでいた。
「でも、一人暮らしじゃなくてルームシェアやから、来るのは待って」
 いろいろあってそうなって、慣れるまでは来てもらうのは無理だったけれど。そのルームメイトも柚月にとっては運命の相手だったけれど、違う話なのでいまは置いておく。
『分かった。あ、次さ、蜜柑に会いに行く?』
「うん! 大きくなってるかな?」
 直幹の両親とは既に挨拶をしている。
 その頃よりも結婚を前向きに考えてくれているのか、デートのときの直幹の表情は今までよりも真剣に見えた。




本編に続く……。