Bitter Peach─この想いを、恋と呼べないまま─

 五月の中旬になって店舗の繁忙期が過ぎてから、輝生は従業員男性数名を連れて居酒屋へ行った。勤務時間や休日がバラバラなので全員ではなかったけれど、輝生より年下の独身メンバーは全員が参加した。ちなみに女性メンバーには、副店長が声をかけて別で女子会をしているらしい。
「みんなよく頑張ってくれたから、今日は俺が出すよ」
「ありがとうございます!」
 輝生が全額出すと言うと、男性たちはとても喜んでいた。男ばかりでは食べるより飲むほうが多くなりそうだったので、コース料理ではなく単品注文にした。
「ガラス張りのカフェの目の前やから、流れてくる女性のお客さん前から多かったけど、今年になってまた増えましたよね」
「……そういえば多いな」
 カフェで過ごしながら店の雰囲気や従業員を観察したあと、実際に買い物に来る人が確かに多かった。店舗では男女両方の物を扱っているので客層も性別も片寄りはなかったけれど、なんとなく女性が多い気もしていた。──全国的に、女性のほうが多い店舗は多いけれど。
「店長のおかげです」
「俺は何もしてないぞ?」
「またそんな、店長から買ってくれるお客さん多いじゃないですか」
 輝生はあまり接客はしないけれど、店に出たときに話しかけてきた客には丁寧に対応していた。それは当然のことだけれど、輝生を目当てに来ている客も一定数はいるらしい。
「店長、いつ見ても格好良いですもんねぇ」
「……何も出ないぞ」
「彼女おらんのが不思議っすよねぇ。ほんまはいるんじゃないですか?」
 男性たちは勝手に輝生のプライベートの想像をしていたけれど、輝生には本当に恋人はいない。ルームシェアしている柚月とはある程度は話すようになっているけれど、そういう関係になったことはない。それどころか柚月は合コンに参加しているので、輝生は恋愛対象外らしい。
「彼女いたら、女とルームシェアなんかしてねぇわ。殺される」
「確かに……。俺も、彼女がそんなんやったら嫌やなぁ」
「実際、あいつがフラれたのも、俺のせいだったしな」
 柚月が直幹にフラれた事情を、輝生は同僚たちには話していなかった。ルームシェアのことは緊急連絡のこともあって異動のときに話したけれど、プライベートまで話す必要はないと思っていた。
「そういえば田﨑店長、柚月ちゃんに話してもらえました?」
「ああ……したけど、嫌がってたぞ」
 柚月は輝生と話はするけれど一定の距離は置いているようで、輝生を異性としてみるような話にはいつも否定的だった。同僚たちが紹介してほしいらしい、と話したときも、拒否の理由が〝輝生を介さないと無理だから〟だった。輝生が認めている男性も、輝生と同じように見えてしまうらしい。
「店長の何が嫌なんやろ?」
「さあな。……ルームシェアの相手が男だったショックを引きずってんのかもな」
 初日に〝女っぽい〟と言ったリビングの装飾は、話し合いをしていくつかは柚月の部屋に移動させた。代わりに置いた輝生好みのアイテムは柚月の趣味とは正反対のようで、気分が乗らない、と言って見ないようにしていた。柚月の部屋を見たことはないけれど、パステル系のピンクやグリーンのアイテムが多いと想像していた。
「でも、よく考えたら、俺らの顔は知らんのですよねぇ?」
 改めて聞いてみてほしい、と言うので、仕方なく輝生は男性たちの集合写真を撮った。その場で柚月にLINEで送るように頼まれたけれど、すぐに既読がつくとは思えなかったので帰ってからゆっくり見せることにした。

 それほど遅くはならなかったので、輝生が帰宅するとリビングに電気がついていた。テレビの音も聞こえていたので柚月がいるのだろうと思ってドアを開けると、柚月はテレビをつけたままソファで眠ってしまっていた。片手にはスマホを握りしめて、テーブルの上には空になったお酒の缶と、溶けた氷が入ったグラスが置かれていた。
「おい、起きろ」
 何度か声をかけると、柚月は目を覚ました。焦点の定まらない顔で身体を起こし、少ししてから時計で時間を確認していた。
「寝てろって言ったのに」
「……前に、田﨑さんは待ってくれてたから」
「柚月に何かあったら、ばあちゃんに怒られる。逆におまえ、この体格差で何かできるか?」
 輝生の言葉に柚月はほんの少しだけ口を尖らせていた。身長差三十cm、体重差はおそらく二十kg、仮に輝生が倒れたとして柚月がどこかに連絡はできても、運ぶのは無理だ。
 輝生は柚月に強く言ったけれど待っていてくれた事実は嬉しかったので、それ以上は何も言わずに床に胡座をかいた。それからテーブルの上の缶とグラスを見て、柚月に聞いた。
「──またダメだったのか?」
 柚月は休みの度に合コンに行っているけれど、恋人ができた、と聞いたことはない。輝生は深くは聞かないけれど、狙った相手との関係が悪くなるといつも、平日の夜遅くでも気にせずに酒を飲んでいた。
「また軽い奴だったのか?」
「いえ……。普通の人でした。仕事とか趣味とか、いろんなこと教えてくれるから、私も話して、良い感じだったんですけど」
 柚月は言葉を止めて唇を噛み、輝生のほうを見た。
「LINEでルームシェアのこと話したら……たぶん、ブロックされました」
「……やっぱり俺のせいなのか」
 柚月は何も言わず、膝を抱えて顔を隠した。輝生が一緒に暮らしていることで柚月に迷惑がかかっているのなら出ていくことも考えたけれど、輝生は全ての責任を感じているわけではなかったし、柚月もそうは言わなかった。柚月が出ていっても良かったけれど、そんな気配もなかった。
「俺らのルームシェアを知ってる奴、会ってみるか?」
 輝生がポケットからスマホを出すと、柚月は顔を上げて輝生の手元を見ていた。写真フォルダを開いてから、輝生は職場の男性たちの写真を柚月に見せた。
「これ、だれ?」
「俺の店の奴ら」
 先ほど数名で居酒屋に行ったときのものだ。輝生が撮影したので、写真に輝生は写っていない。
「LINEに送っとくから、あとで見てやってくれ。今はとりあえず部屋に行って寝ろ」
「はぁい……」
 柚月が部屋に入るのを確認してから、輝生はテーブルの上の缶とグラスを片付けた。缶を潰すカシャカシャという音が、静かな部屋に空しく響いた。