Bitter Peach─この想いを、恋と呼べないまま─

 男性とのルームシェアは、いまだに気を遣うことも多いけれど。もしかすると、輝生のほうが女性相手に気を遣っているのかもしれないけれど。
 二人での生活も一ヶ月ほど経つと、慣れたことも増えた。料理上手な輝生と対照的に柚月の料理はまだまだだったけれど、輝生は文句を言いながらも残さず食べてくれた。一人分の洗濯物だとなかなか貯まらないから洗えなくて困ると言いながら、持っている物の数を増やすなどして対応してくれた。プライベートな話はほとんどしないけれど、一緒に食事するときくらいは一日の報告くらいはするようになった。
 お酒の好みは違うけれど、食べ物の好みはわりと似ていた。輝生も牛乳が苦手ではないけれど自分から飲もうとは思わないようで食卓に上がることはなかったし、目玉焼きの黄身の固さに至っては、いつも輝生の好みの固さに焼いていたらしい。
 初めて二人でMOONに行った日は、それぞれ注文したものを少しずつ分けた。柚月はエビピラフとレモンパスタで迷った末に、輝生と被るのを避けてパスタを選んだ。輝生も最後に残った候補がパスタだったらしい。
『あっ、柚月、ちょっと待て、それ食べる前に一口くれ』
『……えええ? じゃあ──田﨑さんのもください』
『いくらでも取れ』
 マスターは二人の会話を聞いていたようで、笑いながら取り皿を持ってきてくれた。輝生はフォークにぐるぐると巻いたパスタ一塊とレモン数切れを、柚月はスプーンで二杯分と、スプーンに乗ってくれなかったエビをひとつ皿に入れた。
『あんたら、なんか似てるなぁ』
 客からの注文がいったん落ち着いてから、マスターは折り畳みの椅子を広げて二人の前に座った。
『似てる? ……どこがですか?』
『いや、なんとなく。雰囲気は全然違うけど、なんとなく似てるな。食べ物も分けてるし』
『……おばあちゃんの影響かな?』
『──かもな』
 柚月はマスターに、輝生とルームシェアすることになった経緯を話すことにした。柚月が部屋を探していたとき、会社の近くに祖母が管理する一軒家があったので借りたこと。ルームシェアを祖母に話すと、祖母と一緒に暮らしていた輝生が転勤で引っ越してきたこと。輝生は祖母の本当の孫ではないこと。男性だったので困惑したけれど、今のところ問題なく暮らせていること。
『へぇ。同じ人をおばあちゃんとは呼んでるけど、二人は家族ではない?』
『そういうことです』
 マスターは少しの間、黙って二人を交互に見てから、やがて腕を組んで輝生のほうを見た。輝生は食事を終えて、煙草をケースから出そうとしていた。
『──なにか?』
『いや……、姉ちゃん、あんた、柚月ちゃんっていったか?』
『はい?』
『彼氏いてんやったら、この兄ちゃん気ぃつけや』
 マスターは輝生を見ていた。
『格好良いしモテそうやし、いつ手ぇ出されるか』
『ちょ、マスター、ひどくないですか? 俺そんな』
 輝生は煙草に火をつけようとして、いったんやめた。
『兄ちゃん、モテるやろ?』
『それは、モテますけど』
『モテる男はやりおるからなぁ……』
『いや、それ偏見でしょ? 別に俺は──いや、おまえも引くな』
 マスターが何を言っているのか察して、柚月は座ったまま少しだけ輝生から体を遠ざけた。マスターも本気で言っているわけではないし、輝生からそんな雰囲気を感じたこともない。マスターが笑いながら輝生に謝るのを見てから、柚月も姿勢をもとに戻した。
『兄ちゃんは彼女はおるんか?』
『……いないです』
 いたら柚月とルームシェアしていない、と言いながら、輝生はようやく煙草をくわえた。ライターで火をつけて静かに吸ったあと、柚月が座るのとは反対側を向いて長めに煙を吐いた。
 輝生は確かに格好良いし、マスターがあんなふうに言いにくるのはわかる。身だしなみにも気を遣っているし仕草にもいちいち男の色気が漂っているけれど、柚月はいまも彼には興味がない。恋人の直幹からはようやく将来のことが仄めかされるようになってきたし、何かあったときのために実家の住所と電話番号はお互いに教えていた。なにより、直幹と付き合ってきた三年間を、無駄にしたくはなかった。
『柚月──、彼氏と結婚するかも、って言ってたよな?』
『はい。まだ先の話ですけど。仕事も続けたいし』
『ふぅん、仕事を取るのか』
『はい。だって、入ってすぐに辞めるって、迷惑というか、申し訳ないじゃないですか。工場はいくつかあるけど、私の部署はあそこにしかないから、彼氏の転勤についていってたら通えないです』
『なるほど。俺も数年後には異動でたぶん出ていくし、あの家はまた募集かかるのか』
 二人の暮らしも本当に慣れた頃に終わりそうだな、と言って、輝生はまた煙草に火をつけた。そう言われると寂しいけれど、もともと輝生とは出会わないはずだったので、柚月は直幹との将来を考えるだけだ。
 柚月が大学を卒業する前に直幹の転勤が決まっていたので、まだ若いのもあって将来のことは考えなかった。直幹は社員寮で暮らしながら柚月になかなか会えないのが寂しくなって、実家になかなか帰れないのも家族に心配をかけているようで、異動に引っ越しを伴わない会社に転職を考えているらしい。直幹が地元に戻ってきたとして実家かマンションかは分からないけれど、そのときは一緒に暮らさないか、と提案されていた。直幹は本気だったとは思うけれど──、柚月はいまは仕事を頑張りたいし、一緒に暮らすにしても、それまでに家事のスキルを上げておきたかった。
「それなら俺のも一緒に洗濯してくれ」
「なんでですか?」
「そんなに一緒に洗うの嫌か?」
「だって……他人じゃないですか……」
 家に帰ってリビングで酔いを冷ましながら、柚月は直幹とのことを輝生に話していた。話すつもりはなかったけれど、酔ったせいで口が勝手に話してしまった。
「そんなに汚れてないぞ」
 輝生は真顔で言うけれど、洗う前にそんな確認もしたくない。
「別に俺が洗うとか干すとか言ってるんじゃないし。彼氏の洗濯も別にするのか?」
「それはさすがに」
「他人には変わりねぇだろ」
「そうですけど……」
「ま、どっちでも。俺とあんた、結局は他人だし」
 輝生が柚月の洗濯物を見ないのなら一緒に洗っても良いか、と思ったけれど。
 直幹という正真正銘の恋人の物よりも先に、他人の物を一緒に洗うのはどうかと思ったのでやめた。