彼らの夏が終わる

 数日後の放課後、一輝が図書室へ顔を出すと、試験勉強で騒がしい室内で、愛香と草野が並んで机に向かっていた。


「何してんの」


 思わず、一輝の声は低くなった。

 草野はへらりと笑い、一輝を見上げた。


「うける。余裕なさ過ぎ。教室出たときに一緒になったから、そのまま来ただけ。俺は須藤に用事があるんだよ」

「須藤は?」


 低い声のまま一輝が尋ねると、愛香は呆れたような顔で図書室のカウンターへ視線を向けた。


「司書の先生に呼ばれて書庫で作業中してるよ」

「忙しいな、あいつは」

「だから、俺が代わりに教えてんだよ。須藤ほどじゃねえけど、少なくとも四組さんよりは成績マシですし?」

「ムカつく」

「ムカつくなら」


 草野はにこりと笑い、一輝を見上げた。

 一輝は何も言えず、草野を見下ろした。


「やるべきことがあるんじゃねえの? 俺に絡んでないでさ」


 草野は視線を手元の教科書へ戻した。


赤江(あかえ)、さっきの説明でわかった?」

「う、うん。大丈夫、ありがとう」

「どういたしまして」


 愛香が頷いたのを確認して、草野は教科書を閉じ、立ち上がった。


「わかんなければ聞いて。休み時間でもいいし、クラスLINE辿ってくれてもいいし」


 一輝は草野が教科書とペンケースをカバンへしまう様子を眺めた。

 草野の指先はあかぎれや細かな切り傷が目立ち、節くれ立った手は一輝の手よりもさらに硬そうだった。


「黒杉、お前もだよ」

「え?」

「わからなかったら、お前だって俺に聞いていい。別に友達じゃないし、仲良くもないけど、少なくとも顔見知りなんだから」


 一輝は草野の顔をまじまじと見つめた。

 草野はどうでもよさそうな顔で一輝を見ていた。


「……ムカつく」

「はは、そらどうも」


 草野は笑ってカウンターへと向かっていった。

 一輝は黙ったまま愛香の向かいの席に腰を下ろした。

 愛香が困ったような表情で自分を見ていることは分かっていた。それでも、一輝は何も言えなかった。

 しばらくして、一輝の隣に藤也が腰を下ろした。


「何しょぼくれてるんですか」

「ちょっと、器の狭さに凹んでた」

「へー、それ、あとどれくらいかかりそうですか?」

「須藤、人の心ないわけ?」

「あるから聞いてるんです。あ、赤江先輩。その問題は前のページの公式の応用です」


 愛香の名前が出て、一輝は顔を上げた。

 愛香はうつむき、黙々と勉強を続けていた。


「……あと三十秒で立ち直る」

「了解です。俺はもう帰りますから、頑張ってください」

「ありがと」


 藤也はにこりと笑い、騒がしい図書室を後にした。

 愛香は変わらず手を動かし、ノートへ丁寧に文字を書き続けていた。

 一輝も教科書とノートを取り出し、小さく息を整えて机へ向き直った。