彼らの夏が終わる

 病院に着いた一輝(かずき)は、母親と愛香(まなか)と共に待合室のベンチへ並んで腰を下ろした。白い照明に照らされた待合室には、静かな空気が流れていた。


「もう、何してるの。愛香ちゃんにも迷惑かけて」

「い、いえ、私は……私が、勝手に」

「違うだろ」


 一輝はうつむき、自分の指先を見つめたまま言った。


「俺が、甘えてたんだ。愛香にも、三枝(さえぐさ)にも、須藤(すどう)にも……大雅(たいが)たちにも」


 誰も答えなかった。張りつめた沈黙の中、愛香は口を開きかけては閉じた。

 やがて名前を呼ばれ、一輝は母親と共に診察室へ向かった。

 レントゲン撮影を終えると、今度は愛香も診察室へ呼ばれた。


「ごめんなさいね、愛香ちゃん。この子がどんな練習をしていたか、一番詳しいのは愛香ちゃんだから」


 申し訳なさそうな一輝の母親に、愛香は首を横に振った。

 診察室で待っていたのは、学生スポーツを専門とする年配の医者だった。愛香は一輝の練習メニューを書き留めたノートを、その医者へ差し出した。


「へえ、よくできてる。……いやこれ、わたしが作ったメニューだな。えっと、ああ、サッカー部だ」

「は、はい。サッカー部のマネージャーの友達に、助けてもらってて」

「うん、いいと思う。でも、これだけなら、腰はこんなに歪まないはずだ」


 医者はふっと笑って一輝に顔を向けた。

 一輝は思わず目を逸らす。

 愛香が自分を睨んでいるのは分かっていた。それでも、一輝は顔を上げることができなかった。


「うん。しばらくはバスケ禁止」

「そんな!」

「バスケどころか歩くのも辛いだろうに。まったく、若い子はすぐ無茶をする。このあと電気流すから、呼ばれるまで待合室で待っててね」


 一輝は母親と愛香と共に診察室を出た。

 待合室のベンチで、愛香も母親も何も言わず、一輝を挟むように座っていた。

 ふと、愛香が顔を上げ、ポケットからスマホを取り出した。


「あ……メイちゃんだ」


 一輝が横から覗き込むと、画面には練習メニューの一覧が表示されていた。


「……これ」

「腰がダメなときにできることって」


 一輝は手を強く握りしめた。

 短い爪が手のひらへ食い込み、鈍い痛みが走る。


「愛香」

「なに」

「悪かった」

「なにが」


 一輝はうつむいたまま、続けた。


「愛香が止めてくれたのに、無茶して。愛香が呼んでくれた助っ人のこと、ないがしろにして」

「ほんとだよ。メイちゃんと須藤くんに謝って」

「……ごめん、愛香。ごめん」

「私じゃなくて」

「俺は、誰よりも愛香のことを無下にしてた。ごめん」


 一輝は顔を上げ、隣に座る愛香を見た。

 愛香は頬を赤く染め、困ったような表情で一輝を見返している。

 一輝はその表情から目を離せなかった。


「……一輝」


 一輝が口を開きかけたとき、待合室のスピーカーから一輝の名前が聞こえた。


「っ、い、行ってくる」

「う、うん。いってらっしゃい……」


 一輝はぎこちない足取りで立ち上がり、治療室へと向かった。

 背後から母親の、


「まさか、まだ付き合ってなかったの……?」


 という呆れたような声が聞こえ、一輝は顔から火が出そうになった。

***