彼らの夏が終わる

 そのまま職員室へ向かう。休日の校舎はひとけが少なく、静まり返った廊下には足音だけが響いていた。職員室では、灰田がバスケの試合動画を流しながらプリントを作っていた。


「せんせー、黒杉くん病院行きましたー」

「待て待て、情報が少ない」


 焦った表情を浮かべる灰田に、メイサは手短にこれまでの経緯を説明した。

 話を最後まで聞き終えた灰田は、「はいはい」と頷きながら受話器へ手を伸ばした。


「あ、そこの先生は今日は来ないから、座ってていいし、置いてあるお菓子も食べていい」


 メイサが聞き返す間もなく、灰田は手際よく病院へ電話をかけ始めた。

 少し迷った末に、メイサは灰田の隣の席へ腰を下ろし、背もたれへ深く身を預けた。

 やがて受話器を置くと、灰田もふっと背もたれへ体を預けた。


「これでよし。お疲れさま。迅速な対応だったね。さすがサッカー部の敏腕マネージャー」

「内申に追記しといてください」

「サッカー部の顧問の先生にも口添えして、僕からも加点してもらえるよう頼んでおくよ。それくらいのことは十分してくれてる。黒杉はあとで説教だけどね」

「あはは、お願いします」

「まあ、赤江の甘やかしすぎもあるし、焦りがあるのもわかる。が、それらは全部黒杉の自業自得、因果応報でしかない」


 淡々と言い切る灰田に、メイサは思わず目を丸くした。


「灰田先生、意外とばっさり言うんですね」

「怒ってるからね。きみも怒った方がいい」

「私が怒る前に須藤くんがものすごく怒ってくれたので、そっちに気を取られちゃって」


 メイサが苦笑すると、灰田は渋い表情を崩さないまま、静かにメイサを見返した。


「須藤は頼もしいけどさ。僕はあいつのことも心配なんだ。期待されたら、その期待以上に応えることができてしまうから」

「……私も、気をつけます」

「ダメだよ」

「ダメなんですか」


 灰田は目を細めると、机へ肘をつき、ゆっくりと頬杖をついた。休日の静かな職員室には、遠くから聞こえる運動部の掛け声だけがかすかに響いていた。


「三枝が須藤の世話を焼きすぎると、赤江と黒杉の二の舞だ」


 メイサは灰田の顔を見つめ、何度か小さく瞬きをした。


「須藤はいい男だ。三枝の手を引いて、前を向かせて、背中を押してくれた。だから、その気持ちに献身で応えたくなるのも分からなくはない。でも違う。須藤に応えるなら、君自身が結果を出すんだよ」

「……灰田先生って、先生だったんですね」

「悪いね、今まで何もできてなくて」


 苦笑する灰田を見て、メイサは小さく首を横に振った。


「そんなことないです。体育館の早朝利用申請も、公式戦の手配も、視聴覚室の利用許可も、そういう細かいことを全部やってくれてましたよね」

「それくらいするさ。顧問だし、先生なんだから。それに僕はジャンプ育ちだからね。友情、努力、勝利。そういうのが大好きだ。君たちが勝利をつかむのを楽しみにしてるよ」


 メイサは立ち上がった。


「ありがとうございます、灰田先生。そろそろ部活に戻ります」


 灰田へ深く頭を下げると、メイサは静かな職員室を後にした。

 廊下を歩きながらスマホを見ると、愛香から『病院ついた』というメッセージが届いていた。