彼らの夏が終わる

 一回戦を終えた数日後の朝。

 愛香(まなか)が家を出ると一輝(かずき)の自転車がなかった。


「なんか、前にもこういうことがあった気がする」

 小さくため息をつき、自転車を走らせた。

 自転車を駐輪場に止めて体育館に向かうと、案の定一輝が筋トレをしていた。


「一輝」

「愛香、早ーな」

「こっちのセリフ。ねえ、前にも同じことしなかった?」


 愛香が言うと、一輝が一瞬泣きそうな顔をした。


「一輝?」

「……俺が、ちゃんとしなきゃじゃん」

「何言ってんの」


 愛香は一輝の隣にしゃがみ込んだ。一輝はキャットウォークの窓をぼんやりと眺めている。窓の向こうには、青く澄んだ夏空が広がり、朝の日差しが体育館の床を明るく照らしていた。


「俺のせいで部員いなくなっちまって、愛香と海斗(かいと)が助っ人呼んできてくれたじゃん。けどさ、三枝(さえぐさ)須藤(すどう)だって、それぞれの部活があるわけでさ」

「何を今さら」

「ほんと、今さらだよな。でも、ちゃんとしなきゃって思った。愛香だってずっと頑張ってるのに」

「気づくの遅いでしょ。いや、そうじゃなくて」


 愛香は一輝の視線の先へ回り込み、その顔を覗き込んだ。


「“ちゃんとする”っていうのと、“無茶をする”っていうのは違うことだよ」

「……正論言うなよ」

「言う。一輝。わたしたちの目的はなあに」

「え? えっと、少しでも勝つこと」

「分かってんじゃん。だから、無茶して体を壊さないでほしい」


 一輝は愛香をじっと見つめた。

 愛香はそれ以上、何を言えばいいのかわからなかった。唇を噛んだとき、足音がした。


「はよー、何してんの」


 大雅(たいが)だった。

 後ろから、メイサと藤也(とうや)もやってくる。


「おはよ……」


 座り込んでいた愛香と一輝を見て、メイサがきゅっと目を細めた。


「黒杉、またあんたまなちゃんに甘えてんの」

「違う。……甘えてたから、甘えないようにしたくて」

「じゃあ、なんでまなちゃん、そんな顔してるの」


 一輝は何度か瞬きをして愛香を見た。そしてぎょっとした顔になった。


「愛香、なんつー顔してんだ?」

「さっきからずっとこんな顔だけど」

「マジかよ」

「マジだよ。もー、ほんとしょうもないんだから。はい、いいから立ち上がる!」


 メイサがパシパシと手を叩いた。


黒杉(くろすぎ)白石(しらいし)、須藤の三人は走っておいで。まなちゃん、次の対戦相手の話しよう」

「……わかった」


 立ち上がって体育館を出ていく一輝の背中を、大雅と藤也は顔を見合わせてから追いかけた。


「まなちゃん、黒杉は今度はどしたの」

「や、私もよくわからなくて。また私より早く来て練習してさ」

「ふうん」


 メイサは腕を組んだ。


「んー、んー……わからんでもないけど」

「え、わかる?」

「予想……っていうか、サッカー部の連中を見てきて、そんな気がする、くらいの予想だけど。たぶん、じっとしてられないんだよ」


 愛香はメイサを見返し、それから考え込むように自分の唇へ指先を当てた。


「そうかも。そうかも?」

「そういうときは、あれだ。走らせよう」

「走らせる?」

「うん。発散してもらおう」


 メイサが笑ってノートを開いた。


「白石に早起きしてもらおうか」

***