彼らの夏が終わる

 試合前。体育館の隅では、メイサが愛香とともに、ユニフォームへ着替え終えた男子たちの前に仁王立ちしていた。


「はい、あと十五分です」

「やめて、吐いちゃう」


 メイサの無慈悲な宣告に大雅が本当に吐きそうな顔で言った。


「吐くならトイレ行って。あそこにあるから」

「鬼か……」


 一輝が苦笑してメイサと愛香を見上げた。

 愛香は一輝へ穏やかな笑みを向けた。


「みんな、わたしたちが優しく言って、言うこと聞く? 聞かないね?」

「……俺の愛香が鬼の仲間になっちまった」

「誰が鬼か」


 メイサが呆れた顔で言った。


「はいはい、いいからストレッチしな。手首足首しっかりね。そのあと全身ストレッチいくから」


 男子五人は緊張した様子で、のそのそとストレッチを始める。藤也も気圧されたのか、神妙な顔で手首を伸ばしていた。

 灰田はベンチの隅に腰を下ろし、その様子を楽しそうに眺めていた。


「いつもこんな感じ?」


 何気なく尋ねると、一番近くにいた翔が苦笑しながら頷いた。

 やがて、灰田が真顔で顔を上げた。


「時間だ」


 メイサと愛香がコートへと振り返る。

 一輝が一歩前へ出て、片手を愛香の肩に置いた。


「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「ぶちかましておいで」


 メイサが呟く。


「任せろい」


 大雅は力強く頷くと、一輝の後を追った。

 海斗と翔は顔を見合わせた。


「負けたらどうなる?」

「先輩たちがいなくなる。ついでに須藤も」

「やべーな」

「やべーよ」


 二人に続いて、藤也もコートへ向かった。


「もうちょい付き合ってやるから、ぶちかましてこようぜ。俺の勝利の女神の仰せのままに」

「何食ったらそんな気障なセリフが思いつくんだよ」

「きめーなー」


 結局二年生三人はいつも通り笑いながらコートに向かった。

 メイサはその様子を見守っている。

 コートでは、一輝が相手チームの部長と握手を交わしていた。表情は少し硬いものの、ぎりぎり笑顔を保っていた。


「まなちゃん」

「……うん」


 メイサは愛香の背中を軽く叩いた。


「私、ここで記録取るから、まなちゃんは反対側で録画よろしく」

「わかった。行ってくる」

「まなちゃん」

「うん?」


 スマホとノートを手に歩き出した愛香へ、メイサはにこりと笑いかけた。


「最後までつきあうよ」


 愛香の目が見開かれた。


「メイちゃん、男前過ぎるでしょ」

「ごめんね、ダーリンいるから」

「ふふ、残念」


 愛香は笑みを浮かべたまま、小走りで持ち場へ向かっていった。

 メイサはサッカー部から借りたままの三脚とビデオカメラを手際よく設置し、電源を入れた。録画ボタンを押した、その直後に試合開始の笛が体育館へ響く。


「大雅!」

「任せとけ!」


 試合開始と同時に、大雅がボールを奪ってゴールへ駆け抜ける。先制点を奪うと、すぐに相手ボールとなる。相手は足が速かったが、リーチの長い藤也がすぐにボールを奪い返した。


「海斗!」


 一輝の声に応え、藤也は迷いなくボールをぶん投げた。ゴール手前で受け取った海斗が高く跳んだ。追加点に安堵する間もなく、相手はボールを持って一気に駆け出した。

 藤也が手を伸ばしたものの、その直前でパスをつながれ、ボールはゴールへと投げ込まれる。一輝の手はわずかにボールをかすめたものの、得点は防げなかった。

 ゴールポストから落ちてきたボールを一輝がつかみ、そのまま力強くぶん投げた。


「翔!」

「あいあい!」


 翔が受け取り、ゴール下の藤也へパスを送る。藤也は素早くシュートを決めた。相手がボールをつなごうとした瞬間、大雅がパスをカットし、そのままゴールを決める。


「悪くないな」


 メイサは呟いた。

 すぐそばでは、灰田がそわそわと応援しながら、落ち着かない様子で手を何度もグーパーしていた。


「えー、すごい、なに、わ、また決めた。うわ、すごいなあいつら。ちゃんとバスケしてる……!」

「そうなんですよ、あいつら、ちゃんとバスケしてるんすよ」


 メイサは雑に答えながらメモを取り、合間に声をかけ、タオルとドリンクを手際よく並べていった。

 第1クオーターが終わり、五人がベンチに戻ってきた。

 メイサはドリンクを配り、タオルを投げ渡すと、戻ってきた愛香と試合の流れを手短に確認し合う。


「流れは悪くないね」

「わたしもそう思うけど、須藤くん、体力大丈夫?」

「藤也のドリンクにクエン酸多めに入れてある。藤也、突っ込みすぎないように」

「りょーかい、ハニー」

「三枝先輩とお呼び」


 メイサは藤也の頭をタオルで乱暴にわしゃわしゃと拭き、そのまま話を続けた。


「黒杉はまだ動けそうだね」

「全然いける」

「まなちゃんじゃなくて本人が答えな?」

「全然いける」

「おっけー、吐くまで走っておいで」


 短い休憩を終える笛が体育館に鳴り響いた。

 メイサは差し出されたタオルを受け取り、空になったドリンクボトルを手早く回収する。


「まなちゃん、次は私が向こう側行くから」

「よろしくメイちゃん。頼りにしてるよ」

「旦那に言ってやんな」

「だ、旦那じゃないよ……!」


 その勢いのまま第二、第三クオーターを終え、一輝が息を切らしはじめた頃、第四クオーター終了の笛が体育館に響いた。