彼らの夏が終わる

 月曜日の朝。愛香が家を出ると、一輝の家の前からはすでに自転車がなくなっていた。

 胸をよぎった嫌な予感を抱えて、愛香は勢いよく自転車を走らせた。

 体育館へ駆け込むと、朝の静かな空間にボールの弾む音が響き、一輝が一人でドリブルを繰り返していた。一輝の額には汗が滴っている。


「一輝」

「愛香。はよ。早いな」

「こっちのセリフだよ。何時からやってたの」

「んー三十分くらい前」

「練習量増やせば良いってもんじゃないんだよ」


 一輝は手を止め、まっすぐ愛香を見つめた。


「……落ち着かねえんだ」

「わかるけど、でも」

「気をつけるから」


 そう言って再びコートへ向かう一輝の背中を見送り、愛香は唇を噛んだ。



 翌朝になっても、一輝は誰よりも早く体育館へ来て、一人で練習を続けていた。

 前日に愛香から事情を聞いていたメイサは、その様子を見るなり小さくため息をついた。


「黒杉。オーバーワーク」

「ちょっとくらいいいだろ」

「ちょっとじゃないから言ってる。こっちきなさい」

「母ちゃんかよ」

「お黙り。テーピングしてあげる。手首と足首。安定するから」

「ママ……!」

「うざ」


 メイサは慣れた手つきで一輝の手首と足首へテーピングを施し、最後に膝にも丁寧にテープを巻いていった。


「シュートするとき、もうちょい膝と肘使って。手首だけで投げないで」

「わかった」


 メイサは顔を上げないままカバンからノートを取り出し、慣れた手つきでページをめくった。


「あと体幹の筋トレ追加」

「おう」

「メニュー送るから自分でやって。まなちゃんに転送したら怒るからね。……あんたのスマホからまなちゃんの連絡先消す」

「俺が嫌がること、ピンポイントでやるじゃん」

「それくらい怒ってるんだよ」


 メイサにじろりと睨まれ、一輝は苦笑を浮かべた。


「……すみませんでした」

「まったく。まあ、いい機会だし、そんなにそわそわして仕方ないなら……部活以外では何もしたくなくなるくらいのメニューでも組もうかな」


 立ち上がったメイサを、一輝は嫌そうな表情で見上げた。


「楽しみにしててね」

「なあ」

「うん?」

「心配かけるから、愛香には言わないでくれ」

「心配くらいさせてあげなよ」


 メイサが静かに言うと、一輝は眉をひそめたものの、何も返さず立ち上がり、黙ってボールを片付け始めた。

 ちょうどそのとき、大雅と愛香がストレッチを終えて駆け寄ってきたた。メイサは二人へ軽く手を振る。


「まなちゃーん、練習メニュー見直そう」


 大雅はぎょっと目を見開いたものの、メイサのにこやかな笑顔を見ると、何も言い返せなかった。