彼らの夏が終わる

 放課後、藤也が部活に行こうと立ち上がると、教室の前のドアから海斗が駆け込んできた。


「考えてくれた?」

「そもそも何させられるか聞いてねえけど」

「バスケ部のことは?」

「……ちょっとだけ」


 海斗が藤也の前の席に腰を下ろしたので、藤也は椅子に座りなおした。


「俺の彼女が、バスケ部の女子マネの赤江(あかえ)先輩と友達で、『一年生が全員辞めちゃったから助けて』って言われた、としか聞いてねえんだよ」

「まあ、説明の九割はそれで終わりだよ。黒杉(くろすぎ)先輩のことは?」

「モラハラパワハラクソ野郎って」

「それもそうだけど……でも、それだけじゃねえよ」


 海斗が唇を噛んで窓の方を睨んだ。

 空は昨日に引き続き、どんよりと曇っている。


「先輩は自分が努力家だから、自分よりできないやつは努力してないって思い込みがち……なんだと思う」

「ろくでもねえ」

「そうだけどさ」

「で、海斗は俺に何してほしいわけ?」


 藤也が淡々と聞くと、海斗はむすっとした顔を藤也に向けた。


「一年が辞める前に、二年や三年も抜けちゃってさ。今のバスケ部、三年と二年が二人ずつの四人しかいないんだよ。五人いないと試合にも出られなくて……」

「無理」

「まだ頼んでないだろ」

「無理。俺来月から園芸部の部長になるから、引継ぎで馬鹿みたいに忙しくて無理」

「そんな」


 海斗は肩を落としたが、すぐに顔を上げ、藤也の後ろへ視線を向けた。

 藤也が振り返ると、そこには草野と、藤也が今朝副部長を依頼した友人の(やなぎ)がやってくるところだった。


「須藤が逃げたのかと思って見にきた」

「逃げませんよ。ちょっと捕まってただけです」

「なに、バスケ部の助っ人頼まれてんの?」


 柳は海斗を見る。

 海斗は気まずい顔で小さく頷いた。


「別にいいんじゃない?」

「えっ」


 柳は軽く言って、草野に「ね」と話を振った。


「バスケ部やばいんでしょ。俺も茶野(ちゃの)から話は聞いたよ」


 藤也は名前も知らなかったが、茶野(しょう)はもう一人の二年生のバスケ部員らしい。


「夏の大会だけだろ?」

「う、うん。せめて、先輩たちの引退試合だけは、やりたい」


 海斗が必死に頷くと、柳はにこりと笑った。


「じゃあいいじゃん。うちの先輩たち、なんだかんだ言いながら文化祭くらいまでは手伝ってくれるしさ」

「うーん」

 草野は苦笑して唸った。


「まあ、なあ。俺は昨日、赤江が教室で泣いてるの見ちゃってるし……なんだよ、あいつ。昭和の亭主関白に耐える可哀想な女みたいになってたけど。演歌かよ」


 海斗がうつむいた。

 藤也は昨日のバスケ部の様子を思い出し、いたたまれない気持ちになった。藤也の家では、父も祖父も、それぞれ妻である母と祖母を、お姫様もかくやというほど大切にしている。そのため、一輝(かずき)愛香(まなか)を雑に扱う気持ちは、まったく理解できなかった。

 そもそも付き合ってはいないらしいが、それにしても……とは思っている。


「でも、うちの部長は須藤で決まりだしさ。引き継ぎだってちゃんとしてもらわねえと困るわけよ。うーん、助っ人は長くても夏休みまでだな?」

「はい! どれだけ長くても、夏休みいっぱいです」


 草野の質問に海斗が拳を握って頷いた。


「あと、須藤を助っ人に寄越すって、そっちの部長や顧問に言ってある?」

「いえ、それはまだ……」

「じゃあ、ちゃんとバスケ部の部長と顧問、それにマネージャーへ話を通してくれ。全員の了解が得られるまでに、こっちもできるだけ引き継ぎを進めるから。あと、できれば助っ人に行ってる間も、朝一だけは園芸部に顔を出してくれ」

「……わかりました」


 藤也は小さく頷いた。

 正直なところ、まだあまり気は乗っていない。

 そんな藤也に気づいたのか、草野がこそっと藤也の耳元でささやいた。


三枝(さえぐさ)、もうバスケ部の練習メニュー考えるって張り切ってたけど」

「誠心誠意、頑張ってきます」


 背筋をぴんと伸ばした藤也を見て、草野と柳は苦笑し、海斗は安堵したように少し泣きそうな顔になった。

***