彼らの夏が終わる

「……ぶー」


 その様子を見送っていた藤也が不貞腐れたように頬を膨らませると、メイサは小さく笑い、そっと手を伸ばした。

 伸ばされた手が、藤也の短い髪を優しく撫でる。


「……ワックスつくよ」

「いいよ、ワックスくらい。私のハニーの機嫌の方が大事だから」


 優しく目を細めるメイサを前にして、藤也は照れくささと嬉しさが入り混じり、どう返していいのかわからなくなった。


「ごめんね、器が小っちゃくて」

「そんなことないよ。最近、全然二人でいられてないし。次の土曜日は練習試合ないから、それぞれの部活の後デートしよう。……バイトまでだけど」


 藤也は顔を緩ませてメイサを覗き込んだ。


「土曜は俺、じいさんの手伝いで剪定行かねえと」

「私はママさんの畑の手入れを手伝う予定だから、途中まで一緒だよ」

「そっか。じゃあ、『いってらっしゃい』って言って」

「言うよ。『おかえりなさい』も言う」

「楽しみにしてる」


 ようやく藤也は安心したように笑い、まっすぐメイサを見つめた。昼休みの教室には相変わらず賑やかな声が響いている。

 メイサはギャルらしい華やかなメイクとは対照的に、爪は短く切りそろえられている。藤也の実家の花屋で働くようになってからは、指先は乾燥し、ときには土が残っていることもある。その手を見るたびに、藤也はありがたいような、申し訳ないような気持ちになった。

 藤也はメイサの指先に触れる。


「土曜日の帰り、ハンドクリーム塗らせて」

「いいけど、それ、パパさんがいつもママさんにやってるやつ」

「うるせえな、やりたいんだよ」

「おじいさんもおばあさんにしてるもんね」

「須藤の男はそういう生き物なんだよ」


 藤也がそう言ったちょうどそのとき、校内に予鈴が鳴り響いた。

 予鈴に促されるようにメイサが立ち上がると、藤也もそのあとに続いた。

 二人は昼休みの賑わいが残る廊下を並んで歩き、階段までゆっくりと向かった。


「俺、別にメイサがバスケ部のマネージャーやってるのは嫌じゃないんだ。いつもと違う、かっこいいとこ見られて嬉しいし」

「ありがと。私も藤也がバスケ部やってるの見るの、好きだよ。なんだかんだ楽しそうだからさ」

「そうかも。園芸部も楽しいけど、バスケ部もやってみたらけっこう楽しかった。もうちょっと、一緒にやりたいな」

「もちろん」


 メイサはにこりと笑うと、軽やかな足取りで階段を下りていった。藤也はその足音が聞こえなくなるまで見送り、それから自分の教室へ戻った。

 途中で海斗が廊下の反対側から歩いてきた。


「よーう」

「おー。あ、午後、アウトナンバーやるって」


 藤也がそう言うと、海斗は「へー」と気負う様子もなく答えた。


「俺、どっちか聞いた? オフェンスかディフェンスか」

「マジで知ってんのかよ。ムカつくなー」

「えー、なんで俺怒られてんの。いいじゃん、藤也も教わったんだろ?」

「まあ」

「疲れるけど楽しい練習だからさ。藤也は頭で考えて動くの得意そうだから、きっとすぐ慣れる」

「……海斗がいいやつすぎて、本当にやだ。最初はディフェンスだってさ」

「なんとでも言ってくれ。ディフェンスかーってことは黒杉先輩がオフェンス。やべー、楽しみ」


 海斗はからりと笑うと、手をひらりと振って教室へ入っていった。

 藤也も自分の教室へ戻ろうと歩き出した。

 ふと父親に言われたことを思い出す。


『藤也がそうやっていろいろやってるの見るのは楽しいし、嬉しいよ』


 教室へ戻って席に着くと、藤也は静かに窓の外へ目を向けた。

 雨雲の切れ間から差し込む梅雨の晴れ間は、いつもより眩しく、どこまでも澄んで見えた。