彼らの夏が終わる

 ある日の朝練。体育館には朝の澄んだ空気が残り、準備運動をする部員たちの声が響いていた。

 その中で藤也(とうや)はストレッチをしながら、メイサの背中をじっと眺めていた。

 メイサは前屈をする(しょう)の背中を押している。


「メイサー、俺の背中も押して」

「部活中は三枝(さえぐさ)先輩って呼んで」


 メイサはそう答えると、翔の背中へゆっくりと体重をかけていく。


「いった! 痛い、痛いです!!」

茶野(ちゃの)、あんた本当に風呂上がりのストレッチしてる?」

「……二日に一回くらい」

「毎日やんなきゃ意味ないでしょうが!」

「痛いです! 折れる!」

「折れてから言え」


 藤也は唇を尖らせ、不満そうな顔でその様子を眺めていた。

 やがて、体育館に響いていた翔の悲鳴がぴたりと止んだ。

 もちろんメイサが手を止めたわけではない。ただ、悲鳴が低いうなり声へと変わっただけだった。


「まあ、これくらいで許してやるか……あとでストレッチメニュー送っておくから、ちゃんとやんな」

「ひゃい……」

「次、青川(あおかわ)

「げえ」

「ストレッチをそんな小幅でやってたら意味がない!」


 メイサは床に寝転び、股関節をほぐしていた海斗(かいと)の膝を横からぐっと押し込んだ。

 海斗も思わず低いうなり声を漏らし、その声は少し離れた藤也のところまで届いた。


「いいなあ」

「よくねえよ、いてえっての」


 つい呟いた藤也に、翔が白い目を向けた。


「海斗、めっちゃ柔らかいな」

「メイサはもっと柔らかいよ」

「あれな……柔らかすぎて気持ち悪……睨むなよ」


 藤也は翔をひと睨みすると、すぐに海斗のストレッチを手伝うメイサへ視線を戻した。

 同じ部活なら一緒に過ごせる時間も増えると思っていた。だが実際はそうではなく、メイサはマネージャーとして忙しく立ち回っている。

 その姿を目の当たりにするたび、他の部員たちに向けられる気遣いや笑顔まで目に入ってしまい、藤也の胸には言葉にならないもやもやが積もっていった。


「くそー」


 藤也は不貞腐れた顔のまま、屈伸をし、太ももを伸ばし、アキレス腱をじっくりとほぐしていった。


「藤也はちゃんとやってる?」

「やってます!」

「偉いねえ」

「もうちょっと褒めて」


 藤也が思わずそう口にすると、メイサはくすくすと笑いながら藤也を見上げた。


「だって、毎晩ビデオ電話つなげて宿題したり、一緒にストレッチしてるじゃん。藤也がちゃんとやってるの、知ってるもの」

「……好き」

「それも知ってる。ストレッチ終わったらシャトルランやろうね」

「了解、ハニー」

「三枝先輩とお呼び」

「はい、先輩」


 メイサは苦笑しながらノートを抱え直すと、次の部員のもとへ歩いていった。


「うざ」

「見せつけやがって」


 翔と海斗がぶつくさと文句をこぼす。それを聞いた藤也は、満面の笑みで振り返った。


「このためだけにバスケ部にいるんだ、俺は」

「くっそ、頼んだ手前なんも言えねえ」

「シャトルランで転べ」

「二年、ちゃんとやれ!」


 メイサにぴしゃりと叱られると、三人は顔を見合わせて苦笑し、それぞれストレッチへ戻っていった。体育館には再び部員たちが体を動かす音が響き始める。

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