彼らの夏が終わる

 一輝が愛香の後ろに立つと、海斗が笑顔で顔を上げた。


「黒杉先輩! 赤江先輩、あとは自分でやりますから!」

「駄目だよ。一輝、なに?」


 海斗は一瞬で眉を下げた。どうやら一輝を口実に、少しでもサボろうとしていたらしい。

 その企みは、あっさり愛香に見抜かれてしまった。

 一輝は笑いながら愛香を覗き込む。


「太もも痛いから、今日は海斗と一緒にストレッチしろって三枝に言われた」

「ああ、そうだね。土曜の夜からちょっと張ってたから」

「気づいてたのかよ」


 一輝は海斗の隣に腰を下ろしながら、半ば呆れたように言った。


「いや、言えよ」

「今まで言ったって聞き流してたから、もう私がわかってればいいかなって思ってた」

「さっき三枝に『自分の体のことは自分で了解しろ』って言われた」


 そばで聞いていた海斗が呆れた顔をした。


「黒杉先輩、それ駄目な奴ですよ。うちの親父、自分のマイナンバーカードの場所すら把握してなくて、母親がいないと一人で病院にも行けないんです」

「自分のマイナンバーカードの場所くらい……どこだ?」

「一輝の家の押入れに母子手帳と一緒に入ってる」


 愛香は海斗の足首をゆっくりと回しながら、顔を上げることなく答えた。


「なんで知ってるんだよ……」

「去年、一緒にインフルエンザの予防接種に行ったでしょ。あのときにおばさんが一輝の分のマイナンバーカードも私に預けてたから」

「ヤバいっすよ。もはや母親からも信用されてないじゃないですか」

「う、うるせえなあ……」

「それでよくばあちゃんと母親が喧嘩してますもん」


 一輝が愛香を見ると、愛香は最後まで顔を上げようとはしなかった。


「あの、愛香さん?」

「よし。じゃあ海斗くんはこのまま筋トレに移ろうか。一輝は手首と足首、ちょっと見せてね」

「う、うん」

「あのね、私とおばさん、そんなに仲悪くないよ」

「そうだよな、よかった」

「でも彼女でもないのに一輝の世話、当たり前みたいにやらせないでほしいんだけど。一輝も、おばさんも」


 一輝は口を閉じた。

 先ほどメイサに『あんまりまなちゃんに甘えないんだよ』と言われたばかりだというのに、自分だけでなく家族まで当たり前のように愛香へ頼っていたらしい。


「ごめん」

「それに、彼女だからって、別に身の回りの世話をするわけじゃないから」

「そりゃそうだ」

「手首と足首で、痛いところあった?」

「大丈夫」


 一輝はうつむく愛香のつむじをじっと見つめた。

 愛香は真剣な顔で一輝の足首をあちこちに向けている。


「よし。じゃあ、二人で手首と足首、しっかりストレッチしてね。私は(しょう)くん見てくるから」


 一輝は愛香の小さな背中を見送りながら、自分の指先を反対の手でゆっくりと引いた。腕から手首にかけてが伸びて気持ちいい。