彼らの夏が終わる

 顧問の灰田(はいだ)に試合結果を報告すると「へー、よかったね」と軽く返ってきた。


「もうちょっと喜んでくださいよ」


 愛香が言うと、灰田は肩をすくめた。


「だって君ら、アイスとかねだりに来ただけでしょ? まったく、現金なんだから」


 灰田は笑って、財布から一枚札を取り出した。

「黒杉、バスケ、楽しい?」

「……はい、楽しいです」

「そらよかった。赤江は?」

「楽しいです」

「そだね。勝つと楽しいよな。……勝たなくても、楽しくやれるといいね。って、もっと早く教えてやりたかったなあ」


 灰田は小さくため息をつき、手元のペンをくるりと回した。

 一輝と愛香は顔を見合わせるが、灰田はそれ以上、何も言わなかった。

 灰田の視線の先には、丸やバツの書き込まれたプリントが静かに積み重なっている。

 その向こうの窓の外は抜けるような青空で、雲の一つも見当たらなかった。

***

 二人が視聴覚室に戻ると、大雅は机に突っ伏して眠っており、海斗と翔は宿題に取り組んでいた。


「真面目か……?」


 一輝がつぶやくと、海斗が顔を上げた。


「うちの高校、宿題の量やばくないっすか?」

「一応進学校だからね」


 愛香が答えると、海斗はシャーペンを走らせ、ノートの隅にやけに上手な猫を描きながらため息をついた。


「須藤、国立大学に推薦で行きたいからって、二年になってからずっと学年一位をキープしてて、頭おかしいっす」

「メイちゃんも推薦狙いで須藤くんに教わってすっごい成績上げたんだよ。去年は三組だったけど、今年は二組でも上位だもん」


 この高校は成績順でクラスが分けられるため、何組か聞けば学年内でのおおよその順位がわかる。

 愛香は二組の真ん中くらい、一輝と大雅は四組だ。


「先輩たちは進学どうするんですか?」


 翔が顔を上げた。

 一輝は渋い顔を愛香に向けた。


「な、なんで私を見るの……私は推薦がもらえる範囲の国立文系のつもりだけど」

「俺は四組だからな……国立の推薦はもらえねえから、それこそ今の成績で行ける範囲の大学になる……たぶん、大雅もそう」

「私立なら四組でも推薦もらえるんじゃない?」

「そうだけどさあ……」


 一輝は困ったように愛香を見返した。

 海斗と翔は笑顔でノートを閉じる。


「俺は黒杉先輩のこと応援してますよ」

「俺も俺も」

「な、なんだよ……気持ち悪いな。それより、顧問がアイス代くれたから、行こうぜ。おい、大雅、起きろ」


 一輝が大雅の肩を揺すると、大雅は唸り声を漏らしたものの、目を開けようとはしなかった。


「……大雅の分は、俺らで食うか」

「んあ!? ちょ、待て、俺も食うから!」

「はは、食い意地貼り過ぎ」


 男子四人は笑い声を響かせながら視聴覚室を出ていった。

 愛香は視聴覚室に鍵をかけると、四人のあとを追う。


「愛香」


 一輝が振り返った。


「愛香はチョコミントだろ?」

「……うん」


 愛香が頷くと、一輝は立ち止まって愛香を待った。

 愛香は小さく息をつくと、一輝の隣へ歩み寄る。

 遠くから運動部の掛け声が響き、窓の外には夏の陽射しを浴びた青空が広がっていた。