彼らの夏が終わる

 夏休みに入り、愛香(まなか)は自宅で受験勉強に励む日々を送っていた。

 推薦とはいえ成績は維持しなければならず、小論文の練習にも追われていた。

 愛香は散らかった勉強机から顔を上げた。

 窓の外には、相変わらず抜けるような青空が広がり、雲一つ浮かんでいない。

 少し物足りなさは残るものの、もう終わっていた。

 愛香は小さく息を吐き、名残を振り切るように勉強机へ視線を戻した。

***

 そんなある日、昼前に玄関の呼び鈴が鳴らされた。

 家には愛香以外誰もいない。


「はい、はーい」


 インターホンのモニターには一輝(かずき)が映っていた。落ち着きなくキョロキョロしている。

 愛香は首を傾げてから玄関に向かった。

 扉を開けると、夏の日差しをまとった生ぬるい風が玄関へ吹き込んできた。


「一輝、どうしたの?」

「うわ、愛香、びっくりした。あ、いや……今、いい?」

「いいよ、どうぞ」


 愛香はいつも通り家へ招き入れようとしたが、一輝は玄関から先へは上がらず、落ち着かない様子で後ろ手に扉を閉めた。


「一輝?」


 一輝はようやく気まずい顔で愛香を見た。


「あー、あのさ。俺、大学でもバスケしたいから、付き合ってくれねえかな」

「いいよ。わたしが行く予定の大学にもバスケサークルあるし。ん、でも一輝の成績で行けそう?」

「今のままだと厳しい。この間の模試でCだったし」

「ふうん。Cなら頑張ればどうにかならないこともないよ」


 愛香の言葉に、一輝はぎゅっと拳を握り締めた。


「あのさ、勉強、教えてくれ」

「今までも教えてたでしょ」


 愛香は笑みを浮かべたが、一輝の表情はこわばったまま崩れなかった。

 薄暗い玄関はひんやりと涼しく、しんと静まり返っていた。奥の愛香の部屋からは、エアコンの低い駆動音だけがかすかに聞こえてくる。


「一輝、変だけどどうしたの。熱ある? お腹痛い?」

「違う。……あのさ、俺、お前のこと好きだから、部屋に上がったら手え出したくなっちゃうから図書館行こう」


 愛香は一瞬目を丸くし、すぐに目をきゅっと細めた。


「手、出してくれていいんだけど」

「……大学受かったら、お願いします」


 か細い声に、愛香は吹き出した。


「意気地無し。準備するから待ってて」


 愛香がそう言うと、一輝はようやく張り詰めていた息を吐き、上がりかまちにへたり込むように腰を下ろした。

 愛香がテキストをトートバッグに入れて玄関へ戻ると、一輝も立ち上がり、自然にそのトートバッグを受け持った。

 家を出て数歩歩いたところで、愛香は隣を歩く一輝を見上げた。

 一輝の背後には、やはり雲一つない青空がどこまでも広がり、その姿があまりにも眩しく映った。


大雅(たいが)は?」

「んー、一緒の大学行きたいけど、判定がCとDの間つってた」

「じゃあ誘おう」

「そうしよう」


 二人は夏の日差しの中を並んで歩き、大雅の家へ向かった。

 大雅の家の前で呼び鈴を鳴らすと、ほどなくして現れた大雅は、嫌そうな顔で二人を見比べた。


「あのさ、もだもだに俺を挟まないでくんない?」


 愛香はにこっと大雅を見返した。


「挟むよ。一生挟む」


 一輝は真顔を大雅に向ける。


「付き合えよ。お前が一番成績やべえんだから」

「……なに、お前ら俺のことそんなに好き?」


 苦笑する大雅に、愛香と一輝は目を見合わせた。


「大好きだよ」

「大好きに決まってんだろ。知らなかったわけ?」


 大雅は顔を赤くしてそっぽを向いた。


「そ、そういうことをデカい声で言うなし。支度してくるから待っとけよ」


 ばたばたと家の奥へ引っ込んでいく大雅を、愛香と一輝は顔を見合わせて笑いながら待った。

 そのときになって初めて、愛香は降り注ぐようなセミの鳴き声に気付いた。

***