乾杯はふたりだけの秘密

 店を出ると、相変わらず順番待ちの客が列を作っていた。寒空の下でも、相手次第では待ち時間なんて全く気にならないどころか、その時間さえもかけがえのないものだと感じられる。
「今日はこれで解散しましょうか」
 ――え?
 真っ直ぐな眼差しを向けながら判断を委ねてくる賢吾はずるい。イエスと言ってもノーと言っても不正解な気がして、結衣は曖昧に頷いた。
「家まで送りますね」
「……ありがとう」
 クリスマスにランチに誘われて、それだけで終わりという現実に、正直がっかりしていた。今日は夜までずっと一緒にいれるものだと、勝手に思い込んでいた。イルミネーションの下りで、デートの計画を立ててくれていたのかと期待した。自分の想像が先走っていたことに気付いて頬がじわりと熱を帯びる。昨日も一昨日も一緒に過ごしたというのに、もっともっとと、どんどん欲張りになっていく。
 駅前の交差点で信号待ちをしていると、不意に賢吾が顔を覗き込んだ。
「焦ってると思われたくないんで」
 ちょい悪男の口説き文句だろうか。ごく自然に、それでいて確実に意識させてくる高度なテクニックに、心が支配されて身動きがとれない。
 少し間をおき、結衣は小さく頷いた。信号が青に変わる。
「あのスープカレー、中毒性ありますよね」
 賢吾の唐突な話題変更に、頭がついていけない。
「う、うん……クセになる味だよね。定期的に食べたくなると思う。きっと行列の大半はリピーターだよ」
「ああ、確かに。そういうことですかね」
 そんな会話をしていると、あっという間にマンションが見えてきた。もっと伝えなければいけないことがあるはずなのに、と気が焦る。
 マンション前で賢吾が足を止めた。
「また誘っていいもいいですか?」
「うん、もちろん」
 考える間もなく返した。店での佐々木への対応とは明確な差をつけたつもりだった。その返事で、自分も少しは賢吾の心をくすぐることが出来ただろうか。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日ね」
 賢吾は会釈ではなく、笑みを浮かべて手を上げた。
 互いの気持ちが通じ合っていると思えるのは、気のせいではないはずだ。けれど、賢吾が言ったように、彼が焦っているなんて感じたことはないし、むしろ焦ってほしいとさえ思える。
 ――今日じゃなかったらいつ?
 明日になったら、またいつものように後輩の新田として、何事もなかったような態度で振る舞うのだろう。