乾杯はふたりだけの秘密

「お待たせしました~」
 ターバンを巻き、異国の雰囲気を纏った女性店員の明るい声で会話が中断し、結衣はほっと胸を撫で下ろした。今は別のことに集中していないと、考えること全てを賢吾と結び付いてしまい、変に感情が高ぶりすぎて落ち着かない。
 ふたりの前に運ばれたスープカレーは、色とりどりの野菜が豪華に盛り付けられ、食欲をそそる香りが広がった。湯気の向こうに見える茄子やカボチャ、にんじん、ブロッコリーといった野菜が、ひとつひとつ丁寧に調理されているのがわかる。
「「いただきます」」
 ふたりは声を揃え、スプーンを握る。黄金色に輝くスープをすくって口に運ぶと、少し強めの辛さに驚いたものの、後に続くスパイスの香りとまろやかな甘味がクセになり、またスプーンを運びたくなる。口に広がる刺激とコクのある豊かな味わいに、思わずため息が漏れる。
 結衣は賢吾と目を合わせた。
「待った甲斐あったね」
「そうですね」
 そのおかげで手も繋げたし、と心の中で呟く。
「辛さはどう?」
「いい感じです。これくらいの刺激はあったほうがいいですよね」
「だね~。すでに体がぽかぽかしてきた」
「俺もです。毛穴が開く感じ」
 賢吾が笑いながらセーターの胸元をつまんで揺らし、風を送った。
 不意に斜め前の個室の布が大きく揺れ、結衣は自然と目を向けた。腰を抱きながら中から出てきたカップルを目にし、思わず目を見張った。
「あっ、結衣ちゃんじゃん!」
 すぐに声が掛かった。カップルの男性側は、同僚の佐々木だった。彼はこちらに向かって歩いてきて、向かいに座る賢吾を確認すると、驚いた表情を見せた。
「え、なになに? ふたりってそういう関係?」
 半笑いで茶化すように言いながら、訝しげな眼差しを向けてくる。
「いえ、偶然先輩と店の前で会って、せっかくだから一緒にご飯でもってことになったんです」
 賢吾はいつも通り冷静で、動揺した様子は微塵も見せない。
「へえー」と、佐々木は納得したのかしていないのかわからないような返事をした。
「誰?」と、隣の女が佐々木に耳打ちしているのが漏れ聞こえた。
「同僚と後輩」
 佐々木の言葉に「へえ」と返したかと思うと、彼女はにやりと笑って口にした。
「いつも康史がお世話になってま~す」
 康史は佐々木のことだ。彼女がふざけているのは、誰の目からみても明らかだった。
「私、ちょっとお手洗い行ってくるね」
 佐々木にそう言うと、女は離れて行った。
「可愛いね。佐々木君の彼女?」
 とりあえず、そう聞くしかない。
「は? んなわけねえじゃん。女友達」
「そうなんだ」
 腰を抱く姿は恋人同士にしか見えなかった。女友達とあの個室に入る意味は、と考えたけれど、彼にあえてそれを聞く必要はないと思えたし、特に興味も関心もなかった。
「新田って真面目そうに見えて、案外やるな」
 黙っていられないのだろうか。佐々木は言わなくてもいいことをいちいち口にする。賢吾は一瞬眉をひそめたが適当に躱し、全く相手にしていないように見えた。
「じゃあ結衣ちゃん、今度俺ともデートしてよ」
 まともに相手になる気はなかった。
「機会があればね。あ、ほら、彼女が出口で待ってるよ」
 結衣は当たり障りのない返事をし、追い払うように手を振った。