この恋が、すべてのはじまり。〜学校一の美女が毎日のようにいじめてくる地味子は、彼女が崇拝する神インフルエンサーです〜

あなゆきたちによるいじめは、その日から本格化した。
教科書が落書きで真っ黒に染まり、上履きがゴミ箱に捨てられ、すれ違いざまに肩を激しくぶつけられる。
そんなベタで陰湿な嫌がらせのオンパレードに、私は毎日、心の中で忙しくツッコミを入れていた。
(いや、教科書に『バカ』って書くの古典的すぎない!? あと絶妙に漢字間違えてるよ麗奈ちゃん! 『馬鹿』の『鹿』の下、一本足りないからね!?)
(上履きをゴミ箱に捨てるな! 捨てるなら自分のセンスにしなさいよ!)
怯える「地味子」を演じながらも、精神的には1ミリもダメージを受けていなかった。
だって私の本質は、世界を相手にするフォロワー1億人の「葵。」なのだ。
小規模な教室の中の、さらに小さなカーストトップに怯える理由なんてどこにもない。
ただ一つ、胸がチクリと痛むのは……南くんのことだった。
「如月さん、これ……」

放課後、誰もいなくなった教室。
私の机の上に、あなゆきたちにばら撒かれたプリントが落ちていた。
それを拾い集めてくれたのは、南くんだった。
その瞳には、明らかな罪悪感と、痛ましそうな色が浮かんでいる。
「南くん……ありがとう」
「……ごめん。あなゆきたちが、ひどいことして。俺からあなゆきに、やめるように言うから」
その言葉は嬉しかった。でも、私は首を振った。
「ううん、いいの。南くんが言うと、余計に拗れちゃうから……気にしないで」
彼はあなゆきの彼氏だ。
ここで南くんが私を庇えば、あなゆきの嫉妬の炎に油を注ぐだけ。
それに、南くんがあなゆきに頭を下げたり、揉めたりする姿は見たくなかった。
切ない恋心を胸の奥にギュッと押し込み、私は足早に教室を後にした。

その日の夜。
自宅の高級マンションに戻り、私は「地味子」の変装をすべて解いた。
眼鏡を外し、髪をほどいて極上のヘアオイルを馴染ませる。
鏡の前にいるのは、誰もが見惚れる完璧な美少女——トップインフルエンサーの「葵。」だ。
「さて、お仕事お仕事」
私はスマホを固定し、今日のSNS投稿用の自撮り写真を撮影した。
テーマは【お気に入りの部屋着と、甘めのリップ】。
投稿ボタンを押した瞬間、1秒で数万の「いいね」とコメントが滝のように流れていく。
画面をスクロールしていると、見覚えのあるアカウントが目に飛び込んできた。

【 @anayuki_monju:葵。様!!! 今日も天使すぎる(泣)世界一可愛い!!一生ついていきます!! 】

あなゆきのアカウントだ。
彼女は私の熱狂的な大ファンで、公式バッジがついた私のアカウントからリアクションをもらうのが夢らしい。
プロフィールの欄には『夢は葵。様に認知されること!』と書いてある。
(認知かぁ……。されてるよ? 別な意味で、毎日バッチリ認知してるよ、あなゆきちゃん)
私はふと思いつき、あなゆきのそのコメントに、『いいね(ハート)』をぽちりと押してみた。
インフルエンサー「葵。」が、一人の一般フォロワーのコメントに直々にハートをつけたのだ。
これがネット上でどうなるか、1億人を動かす私には簡単に予想がついた。

翌朝。
教室に入ると、あなゆきが顔を真っ赤にして、取り巻きたちと飛び跳ねていた。
「キャーーーーー!! 見て!! 見てよみんな!! 私のコメントに、あの『葵。』様が直々にいいねしてくれたの!!」
「すごーーい、あなゆき様! 本物に認知されたじゃん!」
「やっぱりあなゆき様は美人が溢れ出てるから、ネット越しでも伝わったんだよ!」
大騒ぎする彼女たちを横目に、私は自分の席についてカバンを置いた。
(いや、伝わったのは美人じゃなくて君の悪運ね。私が直々に目をつけたっていう恐怖のブラックリスト入りのお祝いなんだけどなー)
そんな私の視線に気づいたのか、あなゆきが勝ち誇ったような顔で歩み寄ってきた。
「ちょっと、ブスの如月。あんた、私が神に選ばれた瞬間を見てた? 格が違うのよ、格が。あんたみたいな日陰の芋虫とはね!」
あなゆきはそう言うと、私の机の上に置いてあった、南くんから借りていたノートをひったくった。
「これ、南くんのノートじゃない。返してって言ったよね?」
「あ、待って……!」
あなゆきは意地悪い笑みを浮かべると、私の目の前で、そのノートを真っ二つにびりりと引き裂いた。
「あーあ、手が滑っちゃった。南くんのものに気安く触るからバチが当たったのよ」
パラパラと床に散らばる、引き裂かれたページ。
それは、南くんが私のために、わざわざ授業の遅れをまとめてくれた大切なノートだった。
彼の優しさが、あなゆきの醜い嫉妬によって、容赦なく踏みにじられた。
床に落ちたノートを見つめる私の頭の中で、何かがブツリと切れる音がした。
私の教科書を汚すのは、100歩譲って許そう。
私の名前をバカにするのも、お笑い草だから許そう。
でも——南くんの優しさを、こんな形で踏みにじることだけは、絶対に許さない。
私はゆっくりと顔を上げた。眼鏡の奥の瞳から、完全に「地味子」の光が消え、1億人を従える「女王」の冷徹な光が宿る。
「……あなゆきさん」
「何よ? 文句あるなら——」
「ううん。大好きな『葵。』ちゃんにいいねされて、本当によかったねって思って」
私はフッと、妖しく微笑んだ。
あなゆきが一瞬、その迫力に気圧されたように後ずさりする。
(私のファンを自称するなら……その愛、きっちり使いこなして地獄に落としてあげる)
スマホの中の神が、現実に降臨する。
私の、完璧で徹底的な【公開処刑(リベンジ)】の計画が、静かに幕を開けた。