各駅停車のラブソング~只今絶賛、片思い中。~

「……本当に、私でいいんですか?」
ホテルのラウンジ。
窓の外を走る電車のライトを見つめながら、目の前に座る女性――千晶(ちあき)さんが、静かに紅茶のカップを置いた。
彼女は、僕の勤める会社の取引先社長の娘だ。
そして来月、僕は彼女の「夫」になる。
「いいんですか、も何も……。これはお互いの家のため、ですから」
僕は努めて冷静に、ビジネスライクな声を返した。
恋愛結婚なんて最初から期待していない。
親の期待に応え、会社を守るための結婚。
そこに愛なんて必要ないし、ましてや彼女が僕を好きになる理由なんて、どこにもない。
彼女には、長年付き合っていた恋人がいた。
僕の父の命令で、その関係を強制的に引き裂かれたのだ。
僕を見る彼女の瞳には、いつも冷めた諦めと、消えない傷の痕がある。
彼女は、僕のことも、この結婚も、これっぽっちも望んでいない。
「……すみません。つまらないことを聞きました。ただ、新居の鍵、預かっておきますね」
寂しげに微笑む彼女の横顔を見て、胸の奥がズキリと疼いた。
言えるわけがない。
実は、僕は学生時代から、彼女のことをずっと遠くから見つめていた。
彼女が元恋人と幸せそうに笑う姿を、いつも各駅停車の窓から眺めるように、ただ羨んでいただけの隠れフォロワーだった。
こんな形で彼女を手に入れても、彼女の心は手に入らない。
好きでもない男の妻になる彼女と、大好きな人の「愛されない夫」になる僕。
「行きましょうか、千晶さん」
「はい、彰さん」
偽りの指輪が、夜の街の明かりに反射して虚しくきらめく。
愛のない結婚生活という名の列車が、今、静かに走り出そうとしていた。
僕の誰にも言えない秘密の片思いを乗せたまま。