ドアが閉まる。
静かになった室内で、時計の秒針だけが聞こえた。
理緒は膝の上で両手を重ねたまま俯いている。
俺も何を言えばいいのか分からなかった。
とりあえず、さっきまで校長先生が座っていたソファへ腰掛ける。
理緒の緊張が、こちらまで伝わってきそうだった。
「「……あの」」
偶然、声が重なる。
「ごめんなさい……先にどうぞ」
理緒が慌てたように言った。
「……いや、その……いい講演だった」
理緒は顔を上げる。
少しだけほっとしたような表情を浮かべて、それから視線を逸らした。
「……小説は、読みましたか?」
「いや……ごめん。でも、映画は観た」
「……そうなんですね。その……映画は小説とは少し内容が変わっていて……」
「……そうなんだ」
少し間を置く。
「……でも、観てる途中で、もしかしてって思った」
「っ!?」
理緒は両手で顔を覆い、耳まで真っ赤になる。
「……じゃあ、そのつもりで観たんですか?」
消え入りそうな声だった。
「……いや。途中で気付いたけど……気付いた後は、それどころじゃなかった」
正直に答える。
理緒は少しだけ俯いた。
「……勝手に物語にして、ごめんなさい」
「いや。そんな……気にしてないよ」
言いかけて止まる。
「……気にしてないよ。……気にならなくは……ないけど」
自分でも何を言っているのか分からない。
理緒は小さく笑った。
それだけで少し救われた気がした。
「理緒が、小説を書くとは思わなかった」
「……いろいろあったんです」
「そっか」
短い返事しかできない。
それでも、昔みたいな沈黙ではなかった。
「……理緒は、今は会社を経営してるの?」
「……経営は大学の仲間がやってます。でも、そうですね。社長の秘書みたいな立場……かな?」
「へぇ。すごいな」
「すごくはないですよ。たまたまです」
「……でも、理緒に合ってると思う」
「……え?」
理緒が顔を上げる。
「中学の時、図書委員の副委員長を断っただろ?」
「……はい」
「あの時、『理緒なら向いてるのにな』って思ってた」
理緒が目を見開く。
「私に?」
「うん。理緒は昔から周りを見てたし、人を支える役目が似合うと思ってた」
理緒は少しだけ目を伏せた。
「……ちゃんと見ててくれたんですね」
その言葉に、返事ができなかった。
ガチャリ、とドアが開く。
副校長先生が入ってきた。
「あぁ、神崎さん。今日は来ていただいてありがとうございました。副校長の兒玉です」
「こちらこそ、機会をいただきありがとうございました」
「講演費の手続きがありますので、こちらの書類をお願いできますか?」
「あ、はい」
副校長先生は俺へ向き直る。
「あ、藤森先生、ありがとう。あとはこちらでやるから」
ただの来客対応をしていたと思ったのだろう。
遠回しに、仕事へ戻れと言われている。
「分かりました」
立ち上がる。
理緒も小さく頭を下げた。
俺も軽く会釈を返して、校長室を後にした。
職員室の自席へ戻ると、一気に肩の力が抜けた。
仕事を進めているうちに時間は過ぎていく。
気付けば、理緒はもう帰っていた。
――もう会うことはない。
その時は、本気でそう思っていた。
それでいいとも思っていた。
静かになった室内で、時計の秒針だけが聞こえた。
理緒は膝の上で両手を重ねたまま俯いている。
俺も何を言えばいいのか分からなかった。
とりあえず、さっきまで校長先生が座っていたソファへ腰掛ける。
理緒の緊張が、こちらまで伝わってきそうだった。
「「……あの」」
偶然、声が重なる。
「ごめんなさい……先にどうぞ」
理緒が慌てたように言った。
「……いや、その……いい講演だった」
理緒は顔を上げる。
少しだけほっとしたような表情を浮かべて、それから視線を逸らした。
「……小説は、読みましたか?」
「いや……ごめん。でも、映画は観た」
「……そうなんですね。その……映画は小説とは少し内容が変わっていて……」
「……そうなんだ」
少し間を置く。
「……でも、観てる途中で、もしかしてって思った」
「っ!?」
理緒は両手で顔を覆い、耳まで真っ赤になる。
「……じゃあ、そのつもりで観たんですか?」
消え入りそうな声だった。
「……いや。途中で気付いたけど……気付いた後は、それどころじゃなかった」
正直に答える。
理緒は少しだけ俯いた。
「……勝手に物語にして、ごめんなさい」
「いや。そんな……気にしてないよ」
言いかけて止まる。
「……気にしてないよ。……気にならなくは……ないけど」
自分でも何を言っているのか分からない。
理緒は小さく笑った。
それだけで少し救われた気がした。
「理緒が、小説を書くとは思わなかった」
「……いろいろあったんです」
「そっか」
短い返事しかできない。
それでも、昔みたいな沈黙ではなかった。
「……理緒は、今は会社を経営してるの?」
「……経営は大学の仲間がやってます。でも、そうですね。社長の秘書みたいな立場……かな?」
「へぇ。すごいな」
「すごくはないですよ。たまたまです」
「……でも、理緒に合ってると思う」
「……え?」
理緒が顔を上げる。
「中学の時、図書委員の副委員長を断っただろ?」
「……はい」
「あの時、『理緒なら向いてるのにな』って思ってた」
理緒が目を見開く。
「私に?」
「うん。理緒は昔から周りを見てたし、人を支える役目が似合うと思ってた」
理緒は少しだけ目を伏せた。
「……ちゃんと見ててくれたんですね」
その言葉に、返事ができなかった。
ガチャリ、とドアが開く。
副校長先生が入ってきた。
「あぁ、神崎さん。今日は来ていただいてありがとうございました。副校長の兒玉です」
「こちらこそ、機会をいただきありがとうございました」
「講演費の手続きがありますので、こちらの書類をお願いできますか?」
「あ、はい」
副校長先生は俺へ向き直る。
「あ、藤森先生、ありがとう。あとはこちらでやるから」
ただの来客対応をしていたと思ったのだろう。
遠回しに、仕事へ戻れと言われている。
「分かりました」
立ち上がる。
理緒も小さく頭を下げた。
俺も軽く会釈を返して、校長室を後にした。
職員室の自席へ戻ると、一気に肩の力が抜けた。
仕事を進めているうちに時間は過ぎていく。
気付けば、理緒はもう帰っていた。
――もう会うことはない。
その時は、本気でそう思っていた。
それでいいとも思っていた。



