俺は、初デートの映画館で泣いていた。
職場の後輩と、初めてのデートでラブロマンス映画を観に来ているはずだった。
ポップコーンの匂いと、スクリーンの光と、隣にいる彼女の気配。
全部が“ちゃんとした大人の恋愛の入口”のはずだった。
なのに。
視界が滲んでいる。
――まずい。これは、まずい。
感動している涙じゃない。
そんな綺麗なものじゃない。
スクリーンの中のヒロインが笑った瞬間。
頭のどこかが、勝手に名前を呼んだ。
理緒。
その瞬間、心臓の奥が嫌な音を立てた。
違う。違うはずだ。
そんなわけがない。
これはただの映画だ。
ただの創作だ。
たまたま似ているだけだ。
そう思おうとするほど、映像が“記憶”に変わっていく。
図書室の静けさ。
教師を目指している彼氏の、どうしようもない未熟さ。
流星群の夜のファーストキス。
そして、クリスマスイブの別れ。
こんな偶然の一致があってたまるものか。
――知っている。
これは偶然なんかじゃない。
終わったはずのもの。
終わらせたつもりだったもの。
――それが、勝手に“物語”として再生されている。
しかも、それは俺の側じゃない。
彼女側の物語として。
やめろ。
やめてくれ。
叫んでも映像は止まらない。
代わりに、胸の奥のどこかが崩れていく。
そして最悪なのは、
俺の隣に、今の“彼女候補”が座っていることだ。
彼女の気配だけが、やけに遠い。
絶対に引かれている。
そう思うのに。
目を背けたい。
いっそ、席を立ってしまいたい。
なのに、俺の目はスクリーンから逸らすことは出来ないまま、涙だけは、止まらなかった。
---
エンドロールが終わり、観客たちはぽつぽつと席を立ち始めていた。
晃もまた、隣に座る彼女――職場の後輩の遠山紗月と一緒に、映画館を後にした。
「……すごく良い映画でしたね。私も泣いちゃいました」
――“私も”、ね。
やっぱり、泣いていたのはバレているらしい。
それでも、思っていたほど引かれていないことに、少しだけ安堵する。
「藤森さん、この原作って読んだことあります?」
「え!? ないない」
――あったら、そもそも観に来ていない。
「そうなんですね。原作もすごくいいんですよ。よかったらお貸ししますよ」
「……ありがとう」
できるだけ自然な笑顔を作って返す。
「原作だと、番外編とかもあるんです。それがまたすごくキュンキュンして……。藤森さんって、恋愛小説とか読みます?」
「いや、読まないかな。映画も、正直キャリア教育の件がなければ……」
そこまで言いかけて、俺はふと思い出した。
そうだ。
この映画を観に来たのは、ただのデートじゃない。
「そういえば、今度のキャリア教育で作者さんが来るんですよね。楽しみですね」
「原作者が……来るんだよね。映画の脚本家とか監督じゃなくて」
自分でも、妙な確認だと思った。
「ええ? はい。昨年度の先生からの引き継ぎで、今年度のキャリア教育の講師として来てくださるって。母校貢献も兼ねて、引き受けてくださったみたいですよ」
「……母校」
喉の奥が、妙に乾く。
理緒が書いたのだとしたら。
本当に、そんな偶然が――。
「今大ヒット中の映画の原作者が、うちの学校の卒業生だなんて、すごい偶然ですね」
「……はは。すごい『偶然』だ……」
――まさか、自分がキャリア教育を担当した年にくるなんて。
笑ったつもりだった。
けれど、自分でも驚くほど声が掠れていた。
おしゃれなカフェの前に差しかかったとき。
「……美味しそう」
遠山先生が、店先のメニュー看板を見て目を輝かせる。
「あっ、すみません。私、ビターチョコに目がなくて……。ビターチョコパフェって珍しくて、つい……」
「あ、本当だ。美味しそうだね」
遠山先生は少しもじもじしながら、言いにくそうに口を開く。
「あの……藤森さん、この後ってまだ時間ありますか? よかったら……」
「え? あぁ……なくはない、けど……」
――できれば、一人になりたかった。
「……けど?」
「……いや、大丈夫」
その瞬間、遠山先生の表情がぱっと明るくなる。
ころころ変わる表情が、素直に可愛いと思った。
「お付き合いくださってありがとうございます」
「いや、俺も気になったから。ビターチョコパフェ」
「藤森さんも甘い物好きなんですね! さ、入りましょう」
そう言って笑う遠山先生に引かれるように、俺もカフェの中へと足を踏み入れた。
職場の後輩と、初めてのデートでラブロマンス映画を観に来ているはずだった。
ポップコーンの匂いと、スクリーンの光と、隣にいる彼女の気配。
全部が“ちゃんとした大人の恋愛の入口”のはずだった。
なのに。
視界が滲んでいる。
――まずい。これは、まずい。
感動している涙じゃない。
そんな綺麗なものじゃない。
スクリーンの中のヒロインが笑った瞬間。
頭のどこかが、勝手に名前を呼んだ。
理緒。
その瞬間、心臓の奥が嫌な音を立てた。
違う。違うはずだ。
そんなわけがない。
これはただの映画だ。
ただの創作だ。
たまたま似ているだけだ。
そう思おうとするほど、映像が“記憶”に変わっていく。
図書室の静けさ。
教師を目指している彼氏の、どうしようもない未熟さ。
流星群の夜のファーストキス。
そして、クリスマスイブの別れ。
こんな偶然の一致があってたまるものか。
――知っている。
これは偶然なんかじゃない。
終わったはずのもの。
終わらせたつもりだったもの。
――それが、勝手に“物語”として再生されている。
しかも、それは俺の側じゃない。
彼女側の物語として。
やめろ。
やめてくれ。
叫んでも映像は止まらない。
代わりに、胸の奥のどこかが崩れていく。
そして最悪なのは、
俺の隣に、今の“彼女候補”が座っていることだ。
彼女の気配だけが、やけに遠い。
絶対に引かれている。
そう思うのに。
目を背けたい。
いっそ、席を立ってしまいたい。
なのに、俺の目はスクリーンから逸らすことは出来ないまま、涙だけは、止まらなかった。
---
エンドロールが終わり、観客たちはぽつぽつと席を立ち始めていた。
晃もまた、隣に座る彼女――職場の後輩の遠山紗月と一緒に、映画館を後にした。
「……すごく良い映画でしたね。私も泣いちゃいました」
――“私も”、ね。
やっぱり、泣いていたのはバレているらしい。
それでも、思っていたほど引かれていないことに、少しだけ安堵する。
「藤森さん、この原作って読んだことあります?」
「え!? ないない」
――あったら、そもそも観に来ていない。
「そうなんですね。原作もすごくいいんですよ。よかったらお貸ししますよ」
「……ありがとう」
できるだけ自然な笑顔を作って返す。
「原作だと、番外編とかもあるんです。それがまたすごくキュンキュンして……。藤森さんって、恋愛小説とか読みます?」
「いや、読まないかな。映画も、正直キャリア教育の件がなければ……」
そこまで言いかけて、俺はふと思い出した。
そうだ。
この映画を観に来たのは、ただのデートじゃない。
「そういえば、今度のキャリア教育で作者さんが来るんですよね。楽しみですね」
「原作者が……来るんだよね。映画の脚本家とか監督じゃなくて」
自分でも、妙な確認だと思った。
「ええ? はい。昨年度の先生からの引き継ぎで、今年度のキャリア教育の講師として来てくださるって。母校貢献も兼ねて、引き受けてくださったみたいですよ」
「……母校」
喉の奥が、妙に乾く。
理緒が書いたのだとしたら。
本当に、そんな偶然が――。
「今大ヒット中の映画の原作者が、うちの学校の卒業生だなんて、すごい偶然ですね」
「……はは。すごい『偶然』だ……」
――まさか、自分がキャリア教育を担当した年にくるなんて。
笑ったつもりだった。
けれど、自分でも驚くほど声が掠れていた。
おしゃれなカフェの前に差しかかったとき。
「……美味しそう」
遠山先生が、店先のメニュー看板を見て目を輝かせる。
「あっ、すみません。私、ビターチョコに目がなくて……。ビターチョコパフェって珍しくて、つい……」
「あ、本当だ。美味しそうだね」
遠山先生は少しもじもじしながら、言いにくそうに口を開く。
「あの……藤森さん、この後ってまだ時間ありますか? よかったら……」
「え? あぁ……なくはない、けど……」
――できれば、一人になりたかった。
「……けど?」
「……いや、大丈夫」
その瞬間、遠山先生の表情がぱっと明るくなる。
ころころ変わる表情が、素直に可愛いと思った。
「お付き合いくださってありがとうございます」
「いや、俺も気になったから。ビターチョコパフェ」
「藤森さんも甘い物好きなんですね! さ、入りましょう」
そう言って笑う遠山先生に引かれるように、俺もカフェの中へと足を踏み入れた。


