その手を、もう離さない


レポートを終えて教室を出る頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

西日が廊下の窓から差し込み、床を長く照らしている。

いつもならとっくに帰っている時間だ。

それなのに今日は少し違った。

隣に翡翠がいる。

たったそれだけのことなのに、普段の帰り道とはまるで別物のように感じられた。

階段を下りながら、ふと横を見る。

翡翠は機嫌が良さそうだった。

レポートを手伝っただけなのに。

ただ待っていただけなのに。

それなのに、どこか嬉しそうに見える。

その理由が分からなくて、美都は小さく眉を寄せた。

「何」

視線に気付いたのか、翡翠がこちらを見る。

柔らかく笑いながら。

「ううん」

そう言って首を振る。

けれど笑顔は消えない。

まるで何か良いことがあったみたいに。

その表情を見ていると、美都の胸の奥が少しだけ落ち着かなくなった。

自分の知らないところで嬉しいことがあったのだろうか。

それとも別の理由なのか。

気になる。

けれど聞くのも変な気がした。

だから結局、何も言えなかった。