その手を、もう離さない


「……翡翠」

何気なく呼んだ名前だった。

本当に、いつも通りのつもりだった。

けれど翡翠は少しだけ目を丸くしたあと、不思議そうに首を傾げた。

「なに?」

柔らかな声だった。

昼休みの光を受けながら笑うその顔は、相変わらず心臓に悪い。

美都は何か言おうとして、結局やめた。

特に用事があったわけじゃない。

ただ呼びたくなっただけだ。

そんな理由、言えるはずもない。

だから視線を逸らしながら短く答える。

「別に」

いつも通りの返事。

いつも通りのはずだった。

けれど翡翠はなぜかじっとこちらを見ていた。

その視線が妙に落ち着かない。

「……何」

少しだけ不機嫌そうに聞くと、翡翠はふっと笑った。

そして。

「なんか今日、優しいね」

そう言った。